尾上菊五郎 (3代目)

三代目尾上菊五郎：江戸歌舞伎黄金期の立役者

三代目[尾上菊五郎]は、江戸時代後期の歌舞伎界を代表する名優の一人です。屋号は音羽屋、俳名に賀朝、梅幸、三朝、梅壽、雅号に扇舎を持ち、別名として植木屋松五郎、菊屋万平も用いていました。

彼は江戸小伝馬町の建具屋に生まれ、初代尾上松助（後の初代尾上松緑）の養子となりました。幼少期は尾上新三郎、初代尾上榮三郎と名乗り、天明8年(1788年)に『源氏再興黄金橘』で初舞台を踏みます。文化5年(1808年)、父の代役として『彩入御伽艸』の小幡小平次を演じたことが、彼の転機となりました。怪談や早変わりを得意とし、人気を博した彼は、翌年、父の跡を継いで二代目尾上松助を襲名、文化11年(1814年)には三代目尾上梅幸、そして文化12年(1815年)に三代目尾上菊五郎を襲名しました。

七代目市川團十郎、五代目岩井半四郎、五代目松本幸四郎らと共に、化政時代の歌舞伎黄金期を築き上げた菊五郎でしたが、人気絶頂期に突如舞台を離れ、猿若三丁目で餅屋を開き、「菊屋万平」と名乗る生活を送りました。しかし、舞台への未練は断ち切れず、嘉永元年(1848年)には「大川橋蔵」と改名して上方で活躍しますが、江戸への帰途、掛川で客死しました。

稀代の芸達者と革新的な演出

菊五郎は初代市川團十郎以来の江戸歌舞伎の型を整理し、洗練させたことで知られています。生世話物や怪談物でそのケレン味あふれる演技は高く評価され、四代目鶴屋南北の作品を多く初演しました。『東海道四谷怪談』、『法懸松成田利剣』、『阿国御前化粧鏡』、『独旅五十三次駅』、『心謎解色糸』など、数々の作品で観客を魅了しました。また、『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢、『仮名手本忠臣蔵』の早野勘平、『義経千本桜』のいがみの権太、『助六』の花川戸助六など、様々な役柄を演じ、その卓越した演技力は称賛されました。

彼は類まれな美貌と演技力に加え、創意工夫を怠らない努力家でもありました。特に怪談狂言では、大道具方、鬘師、衣装方など、裏方と綿密に連携し、革新的な演出を次々と生み出しました。幽霊や妖怪から一転して美男美女に早変わりする型は、当時の人々を驚かせ、大いに沸かせました。『役者外題撰』（天保10年）には「立役、女形、老役、若衆方、立敵から三枚目まで、そのままの姿で替ります」と評され、「兼ネル」の称号を与えられたほど、幅広い役柄をこなすことができたのです。

『東海道四谷怪談』のお岩、小平次、与茂七の三役早変わりは彼の当たり役となり、生涯に9度も演じました。その演技へのこだわりは、弟子への指導にも見られます。お岩役の弟子に、死体の表現方法を細かく指示したり、舞台裏で弟子を驚かして本番に臨む心構えを教えたりするなど、様々な逸話が伝えられています。

自信家であり、努力家であった菊五郎

菊五郎は「どうして俺はこんなにいい男なんだろう」と自らを評するほどの美貌の持ち主であり、かなりの自信家でもありました。自身の給料が他の役者より低いことに不満を漏らしたり、ライバル役者が舞台に立たない際には、仮病を使って休むなど、型破りなエピソードも数多く残されています。『仮名手本忠臣蔵』「六段目」の早野勘平の現在の型は、三代目菊五郎によって完成されたと言われています。『心謎解色糸』のお祭り左七も当たり役となり、何度も演じました。ある時、舞台の行灯が暗く、視力の衰えとセリフの暗記不足が重なり、手紙が読めずに舞台上で行灯を包丁で壊すというハプニングがありましたが、それが逆に評判を呼び、大成功を収めました。

上方への客演では、『義経千本桜』「すし屋」のいがみの権太を江戸歌舞伎の型で演じ、客席からの野次にも動じることなく、即興で弁解し、かえって評判を高めました。

彼の芸は、孫の五代目尾上菊五郎によってさらに洗練され、今日の菊五郎家の家芸の基礎となっています。

大川橋蔵という名

菊五郎が「大川橋蔵」と名乗った背景には、破門された弟子との確執がありました。傲慢な弟子が上方で「坂東太郎」と名乗り活躍していたため、菊五郎は「大川橋蔵」と名乗り、弟子に対抗したのです。「大川」は利根川の別名である「坂東太郎」に対抗する意味合いと、「大きな橋」という意味から、弟子を圧倒する意味合いも込められていたと考えられます。結果、弟子の「坂東太郎」は客足が遠のき、師匠である菊五郎に謝罪し、元の名前に戻りました。

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