山地乳

山地乳：江戸時代の妖怪伝承とその謎

江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記述される妖怪、山地乳（やまちち）。その奇妙な生態と、地域によって異なる呼び名、そして謎めいた存在感から、今もなお多くの関心を集めています。

サルに似た姿、寝息を吸う妖怪

『絵本百物語』の挿絵では、山地乳はサルに似た姿、尖った口先で描かれています。同書によれば、コウモリが高齢になると野衾（のぶすま）となり、さらに老いることで山地乳へと変化し、山中に住むとされています。

山地乳の最も特徴的な能力は、人間の寝息を吸い取る点です。この行為を第三者が目撃していれば、寝息を吸われた者の寿命が延びるとされます。しかし、誰も見ていなければ、その者は翌朝息絶えるという恐ろしい能力です。ただし、『絵本百物語』では、実際に寿命が延びたり死んだりした例は記録されていません。それでも、各地で山地乳は恐れられており、人々の生活に影を落としていたことが伺えます。

奥州地方と「さとりかい」

『絵本百物語』では、山地乳は奥州（現在の東北地方）に多く生息すると記されています。また、深山では「さとりかい」と呼ばれており、これは中部地方で知られる妖怪「覚（さとる）」と同一視されていると考えられています。

挿絵の文章では、山地乳は寝息を吸った者の胸を叩き、その結果、死に至らしめるとしています。しかし、この行為も誰かが目撃していれば、逆に長寿を得るとされています。この相反する記述からも、山地乳の伝承が時代や地域によって変化してきたことが想像できます。

謎多き存在、文献上の存在感

『絵本百物語』以外に、山地乳に関する記述や伝承は確認されていません。そのため、山地乳の具体的な姿や能力、そしてその生態については、多くの謎が残されています。もしかしたら、山地乳は『絵本百物語』独自の創作、もしくは地方で語り継がれてきた伝承が、同書によって初めて記録されたものなのかもしれません。

山地乳を題材とした作品

山地乳は、現代においても創作の題材として用いられています。小説家の京極夏彦氏は『前巷説百物語』において、「山地乳」という作品を発表し、独自の解釈で山地乳を描いています。

まとめ：未解明な妖怪、山地乳

山地乳は、その生態や伝承に謎が多く残された、非常に興味深い妖怪です。『絵本百物語』という貴重な文献に記録された、日本の妖怪文化の一端を垣間見ることができる存在と言えるでしょう。今後、新たな資料や研究によって、山地乳の謎が解き明かされることを期待したいです。その正体や、人々の生活に与えた影響、そして地方における伝承の変遷など、様々な角度からの考察が必要とされ、今後も研究が続けられるべきテーマと言えるでしょう。

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