絵本百物語

『絵本百物語』は、天保12年（1841年）に刊行された日本の奇談集です。著者は桃山人とされていますが、序文の署名には桃花山人とあり、江戸時代の戯作者・桃花園三千麿のことだと考えられています。

本書の挿絵を手掛けたのは、竹原春泉斎です。当時の妖怪をテーマにした版本は、墨線のみや淡墨を重ねたものが多かった中、『絵本百物語』は、緑、青、赤など複数の色版を重ねた多色刷りで印刷されており、その鮮やかさが特徴の一つです。

題名に「百物語」とあるように、江戸時代に流行した怪談本の一種ですが、各話に物語の題名ではなく妖怪の名称を掲げ、挿絵を添えている点が特徴的です。これは、怪談集と画集の要素を融合させたものと言えるでしょう。

また、本書は『桃山人夜話』という書名でも知られています。これは、各巻の冒頭に「桃山人夜話　巻第（数字）」と内題が記されていることに由来します。風俗史学者や民俗学者によって『桃山人夜話』の名で紹介され、図版写真が雑誌に掲載されるなどしたことで、この書名が広く知られるようになりました。一方で、水木しげるは『妖怪100物語』の中で、『絵本百物語』として本書を参考文献に挙げています。

近年、湯本豪一によって、本書と全く同じ内容で『絵本怪談揃』という外題で出版された作品が確認されました。序文の題や内題が「絵本怪談揃　巻第（数字）」となっていることから、『絵本百物語』よりも先に刊行された可能性があると考えられています。この発見は、桃花山人と桃山人の表記の混在や、『絵本百物語』の初版刊行時期についても再検討を促すものとなりました。

昭和以降、特に平成に入ってからは、本書は同じく江戸時代の妖怪画である鳥山石燕の『画図百鬼夜行』と並び称されることが多いです。『画図百鬼夜行』を意識した造本との説もありますが、石燕の絵が記号的なのに対し、春泉斎の絵は躍動感や臨場感があるのが特徴と評されています。

以下に、『絵本百物語』に収録されている妖怪の一部をまとめました。

巻第一

白蔵主（はくぞうす）：狂言にも登場する有名な妖怪で、本書では説明が省略されています。
飛縁魔（ひのえんま）：美しい姿で現れ、男の精血を吸って殺す恐ろしい妖怪です。
狐者異（こわい）：無分別者の死後の妄念が形になったもので、「怖い」という言葉の語源になったという説があります。
塩の長次郎（しおのちょうじろう）：飼い馬を殺して食べたため、馬の霊が口に出入りするようになった男の物語です。
磯撫（いそなで）：西の海に多く現れる、フカのような姿の妖怪です。尾で船人を撫でて海に引き込み、食べるとされています。
死神（しにがみ）：一度見入られると不慮の死を遂げるとされる妖怪で、自殺などを誘うと考えられています。
野宿の火（のじゅくのひ）：花見や紅葉狩りの後に現れる、喧騒や歌声だけが聞こえる怪火です。
寝肥（ねぶとり）：眠ると体が膨れ上がり、いびきがうるさいという怪異な女性の話です。
周防の大蝦蟇（すおうのおおがま）：周防の山奥に住む、蛇を食べる巨大なヒキガエルです。

巻第二

豆狸（まめだぬき）：雨の夜に陰嚢をかついで酒の肴を買いに出るという、ユーモラスな狸の妖怪です。
山地乳（やまちち）：人の寝息を吸い、胸を叩いて殺すという妖怪。コウモリが変化したものとされます。
柳女（やなぎおんな）：柳の木に首を締められて死んだ女の霊で、夜な夜な泣くと言われています。
老人の火（ろうじんのひ）：木曽の山奥に出る、水では消せないという不思議な火です。
讃岐の手洗い鬼（さぬきのてあらいおに）：讃岐の海を挟んだ山々をまたいで手を洗うという巨大な鬼です。
出世螺（しゅっせほら）：山、里、海にそれぞれ三千年住み、龍になる法螺貝の妖怪です。
旧鼠（きゅうそ）：猫を食べるという鼠や、猫の乳を飲んで育った鼠の話があります。
二口女（ふたくちおんな）：継母の嫉妬が招いた怪異で、首筋に口のある女性の物語です。
溝出（みぞいだし）：捨てられた死体の骨が動き出すという、恐ろしい話です。

巻第三

葛の葉（くずのは）：信田の森の狐の話で、子供でも知っているとされるため、本書では説明が省略されています。
芝右衛門狸（しばえもんたぬき）：芝居を見に来て犬に食い殺された狸の話です。
波山（ばさん）：深い藪に住み、口から火を吐いて飛び回る妖怪です。
帷子辻（かたびらがつじ）：檀林皇后の遺体を捨てた場所に現れるという、女の死骸にまつわる怪異です。
歯黒べったり（はぐろべったり）：目鼻がなく、口だけが大きい恐ろしい妖怪です。
赤ゑいの魚（あかえいのうお）：巨大な魚で、背中の砂を落とそうと海面に現れた際、島と間違われて船を沈めるという話です。
船幽霊（ふなゆうれい）：平家一門の死霊が起こすという海の妖怪です。
遺言幽霊（ゆいごんゆうれい）、水乞幽霊（みずごいゆうれい）：遺言を言えずに死んだり、飢えや渇きで死んだ者が現れるという話です。

巻第四

手負蛇（ておいへび）：半殺しにした蛇が復讐に来るという話です。
五位の光（ごいのひかり）：五位の位を授かった鷺が夜に光るという話です。
累（かさね）：有名な死霊の話で、本書では説明が省略されています。
於菊虫（おきくむし）：皿屋敷の話で、子供でも知っているとされるため、本書では説明が省略されています。
野鉄炮（のでっぽう）：北国の山に住む獣で、コウモリのようなものを吹き付けて人を襲います。
天火（てんか）：ぶらり火とも呼ばれる、魔道に棲む悪鬼の話です。
野狐（やぎつね）：提灯の火を盗み、蝋燭を食べるという狐の話です。
鬼熊（おにくま）：木曽に住む年老いた巨大な熊の話で、牛や馬を襲い、岩をも動かす力を持つとされています。
神なり（かみなり）：下野の国にいたという雷獣の話で、「かみなり狩り」が行われていたという話です。

巻第五

小豆洗（あずきあらい）：小僧が殺された場所で小豆を洗うという妖怪です。
山男（やまおのこ）：山に住む鬼のような姿の巨人で、時に人を助けるとも言われます。
恙虫（つつがむし）：昔、人を殺す虫とされたことから、「つつがなし」という言葉が生まれたという説があります。
風の神（かぜのかみ）：黄色い風を吹いて病気を流行らせるという神です。
鍛冶が媼（かじがばば）：狼に乗り移って人を襲うようになった女の霊の話です。
柳婆（やなぎばば）：古い柳の木に宿る精霊です。
桂男（かつらおとこ）：月を長く見すぎていると寿命を縮められるという言い伝えです。
夜の楽屋（よるのがくや）：人形が夜中に争うという話で、人形の霊として紹介されることもあります。
舞首（まいくび）：死罪になった博徒の首が、海上で争い続けるという恐ろしい話です。

『絵本百物語』は、当時の人々の想像力や、妖怪への畏怖の念が凝縮された作品です。この作品を通して、江戸時代の怪異な世界を垣間見ることができるでしょう。

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