山形マット死事件

山形マット死事件は、1993年 1月13日に山形県新庄市の中学校で発生した、男子生徒Aが体育館用具室のマットに逆さまに突っ込まれ窒息死した事件です。この事件は、いじめが背景にあったとされ、「マット死事件」「明倫中事件」とも呼ばれています。

事件の経緯

事件前

Aは、事件の17年前に新庄市に引っ越してきましたが、地域に馴染めず、「新参者」として扱われていました。山形弁を使わない、友達を「さん」付けで呼ぶなどの理由で周囲から反感を買い、日常的にいじめを受けていました。小学校高学年からいじめは始まっており、中学校では、下着を脱がされる、上級生から歌や芸を強要される、殴られるなどの行為がエスカレートしていました。事件の前年には、兄がAに「部活でいじめられていないか」と尋ねたところ、Aは「ギャグで切り抜けている」と答えていました。しかし、集団宿泊研修後には顔を腫らして帰宅しており、家族が学校に相談しましたが、学校側はいじめを認めませんでした。

事件発生

1993年 1月13日、Aは放課後に部活動のため体育館へ行ったところ、上級生らに「金太郎」の歌に合わせて芸をさせられました。午後4時40分頃、用具室前で7人の生徒から芸を強要された際に拒否したため、用具室に連れ込まれ暴行を受けました。その後、Aはマットの中に頭から突っ込まれ、窒息死しました。午後7時過ぎに家族が学校に問い合わせ、教師が遺体を発見しました。遺体の顔には殴られた跡があり、手足にも打撲の跡がありました。死因は窒息死でしたが、頭蓋骨も陥没していました。警察は1月18日に生徒3人を逮捕、4人を補導しました。警察の取り調べで7人の生徒は「Aに暴行を加えマットに押し込んだ」と認めました。

事件後

学校側の対応

事件直後、学校が実施したアンケートでは、生徒300人超のうち17人がAへのいじめを「見たことがある」と回答しましたが、「暴行があった」と答えた生徒はいませんでした。体育館にいた約50人の生徒の殆どが「知らない、見ていない」と非協力的でした。学校側は当初いじめの存在を否定していましたが、生徒7人が逮捕・補導されると、校長は事実を認めました。校長は停職処分を受け退職、教頭やAのクラブ顧問も異動、担任教諭も別の県へ異動するなど、多くの教師が責任を問われました。

裁判

少年審判

逮捕・補導された7人は、家庭裁判所に移る段階から自白を翻し、アリバイを主張しました。弁護団は「Aは一人でマットに入って死んだ」との仮説を立てました。1993年3月26日、1人に行政処分が下され、8月23日には3人に「犯罪事実なし」として無罪判決が下されました。しかし、9月14日に残る3人には有罪判決が下り、11月29日には高等裁判所が家裁の判定を覆し、7人全員が事件に関与していたと判断しました。最終的に、3人のうち2人が初等少年院送致、1人が教護院送致となりました。

民事裁判

1995年12月16日にAの両親は、少年7人と新庄市に対し、損害賠償を求める民事訴訟を起こしました。2002年3月19日、山形地裁は原告側の訴えを退けましたが、2004年 5月28日、仙台高裁は一審判決を取り消し、少年7人に約5760万円の支払いを命じました。2005年 9月6日に最高裁が上告を棄却し、7人全員が事件に関与したと確定しました。しかし、2015年の時点で、任意の支払いに応じた元生徒はいませんでした。損害賠償請求権の時効が迫ったため、債権の差し押さえなどの措置が取られました。2016年 8月23日、遺族が支払いを求めた裁判では、元少年2人に対して請求通りの支払いが命じられました。

自白の変容

事件の捜査は自白に頼ったものでしたが、取り調べ段階で捜査関係者と容疑者少年との信頼関係が築けなかったとされています。公判開始後、被告少年側は「自白は強制されたもの」と供述を翻しました。警察・検察側は、自白のみで物証が乏しかったため、「被告少年が以前から被害者をいじめていた」といった状況証拠を積み重ねていくしかありませんでした。被告側は冤罪を主張する大規模な弁護団を結成し、警察の捜査体制の不備を突きました。この事件は、自白偏重という捜査上の問題点だけでなく、加害者の人権を重視するあまり、被害者の人権や遺族の心情が軽視されるという社会問題も浮き彫りにしました。

地域性の問題

Aの家族は事件の約15年前に新庄市に転入してきた「よそ者」でした。一家が標準語を話していたこともあり、地域住民から「村八分」のような扱いを受け、事件後も地域社会は事件について口を閉ざしました。Aの家族は誹謗中傷を受け、家の塀に落書きされたり、心無い言葉を投げかけられました。社会学者の内藤朝雄も、この地域でのフィールドワークで、Aの家族への誹謗中傷を聞いたと指摘しています。

この事件は、いじめ、学校の隠蔽体質、捜査の問題点、そして地域社会の閉鎖性など、多くの問題点を浮き彫りにしました。被害者の無念を晴らすため、二度とこのような悲劇が繰り返されないよう、社会全体で取り組む必要性を訴えています。

参考資料

朝日新聞山形支局『マット死事件見えない〝いじめ〟の構図』太郎次郎社、1994年 ISBN 4-8118-0631-X
児玉昭平『被害者の人権』小学館、1999年 ISBN 4-09-404002-1
北澤毅、片桐隆嗣『少年犯罪の社会的構築「山形マット死事件」迷宮の構図』東洋館出版社、2002年 ISBN 4-491-01771-9
高嶋昭『山形明倫中事件を問いなおす』日本国民救援会山形県本部、2003年。ISBN 978-4990113711
武田さち子「37 暴行死 1993年 1月13日 Aくん（13）」『あなたは子どもの心と命を守れますか！』WAVE出版、2004年2月22日、88-91頁。
内藤朝雄『<いじめ学>の時代』柏書房、2007年 ISBN 978-4760132195

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