山本作兵衛

山本作兵衛：炭鉱の記憶を刻んだ絵師

山本作兵衛（1892年5月17日 - 1984年12月19日）は、福岡県嘉麻郡（現・飯塚市）に生まれ、炭鉱労働者として生涯を送る傍ら、炭鉱の様子や人々の生活を描き続けた記録画家です。彼の作品は、日本の近代化を支えた炭鉱の歴史を伝える貴重な資料として、ユネスコ記憶遺産に登録されています。

幼少期から炭鉱へ

作兵衛は、石炭を運ぶ川舟の船頭の息子として生まれました。しかし、鉄道の発達により川舟の仕事が衰退すると、一家は炭鉱へと移り住みます。7歳で作兵衛も兄と共に炭鉱に入り、父の仕事を手伝うようになりました。幼い頃から絵を描くことが好きで、弟の初節句に贈られた武者人形を加藤清正を何度も写生したり、小学校では先生の目を盗んで絵を描いたりしていました。12歳の時には、源平合戦の絵本を描いて近所の子どもに売るなど、絵を描く才能を発揮していました。

炭鉱労働者として

小学校卒業後、作兵衛は鶴嘴鍛冶に弟子入りし、15歳で炭鉱員となりました。その後、筑豊地方各地の炭鉱を転々としながら、採炭員や鍛冶工員として働き、その様子を日記や手帳に記録していきました。一時期はペンキ屋に弟子入りしたり、戦争中に安全週間のポスターを描いたりもしましたが、基本的には炭鉱労働者として生活を送りました。

記録画を描き始める

63歳で炭鉱を退職後、作兵衛は長尾本炭鉱の宿直警備員として働き始めました。戦死した長男を思い出す辛さを紛らわせるため、日記の余白やチラシの裏に絵を描き始めます。そして、「子や孫にヤマ（炭鉱）の生活や人情を残したい」という思いから、明治末期から戦後の炭鉱やその生活の様子を、自らの経験や伝聞を基に画用紙に墨で描き始めました。

ヤマの絵師として

作兵衛の記録画は、その詳細な描写と炭鉱で働く人々の息遣いが感じられる作風で、多くの人々を魅了しました。1963年には、約300枚の記録画から140枚を収録した『明治・大正炭坑絵巻』が自費出版されました。その後、田川市立図書館の館長や郷土研究会との出会いをきっかけに、水彩画の制作にも取り組み、約260枚を田川市立図書館に寄贈しました。これらの活動がメディアで紹介されるようになり、作兵衛は「ヤマの絵師」として知られるようになりました。

世界の記憶へ

作兵衛の作品は、専門的な美術教育を受けたわけではない作者による、炭鉱労働者の視点から描かれた貴重な記録画として高く評価されています。田川市立図書館に寄贈された584点は、福岡県の有形民俗文化財に指定されました。2011年には、これらの作品がユネスコ記憶遺産に登録され、世界的にその価値が認められました。

遺産

山本は1984年に92歳で亡くなりましたが、彼の残した記録画は、炭鉱の歴史や文化を伝える貴重な資料として、今も多くの人々に感動を与え続けています。田川市石炭・歴史博物館や直方市石炭記念館では、山本の作品が収蔵・展示されており、その功績を偲ぶことができます。

山本作兵衛の作品は、単なる絵画ではなく、炭鉱で生きた人々の記憶を未来に伝える貴重な文化遺産と言えるでしょう。

もう一度検索