山本樟郎

山本樟郎（やまもと くすお）は、明治23年（1890年）9月6日に生まれ、昭和40年（1965年）2月28日に74歳で没した将棋棋士です。現在の三重県志摩市にあたる志摩郡御座村の出身。将棋界の重鎮、小菅剣之助名誉名人の唯一の弟子として知られています。

その棋歴において、山本は昭和2年（1927年）に行われた六段・七段の実力者9名による総平手戦「全国将棋六段優勝手合棋譜」（全六段争覇戦）で頂点に立ちました。特に決勝戦では、溝呂木光治七段を下し優勝を飾っています。

将棋界が激動の時代を迎えた「神田事件」にも深く関わりました。この事件は、神田辰之助七段を巡る騒動であり、昭和9年（1934年）の「神田七段対連盟全七段大棋戦」、続く昭和10年（1935年）の「神田七段対全七八段戦」では、神田七段とそれぞれ一局ずつ対局しました。結果は一勝一敗でしたが、この時期の将棋界は一時的に分裂状態に陥ります。山本は、当時の関根金次郎名人や木村義雄八段らと共に、師である小菅剣之助八段（当時）に事態の収拾を依頼。小菅はこの混乱を鎮静化させ、後の日本将棋連盟の前身となる将棋大成会の設立へと繋がる重要な役割を果たしました。

山本自身も将棋大成会（1936年発足）において、その設立初期から長きにわたり運営の中枢を担いました。特に経理担当幹事として、組織の基盤固めに尽力し、現代の日本将棋連盟の発展に貢献した一人と言えるでしょう。

棋士としての活動は昭和21年（1946年）に引退しましたが、昭和39年（1964年）には長年の功績が称えられ、感謝の日の表彰を受けて贈八段となりました。そして、翌年の昭和40年（1965年）2月28日、糖尿病のため74歳でその生涯を終えました。

師匠である小菅剣之助名誉名人は、山本樟郎の唯一の弟子でした。また、山本自身も後進の育成に力を注ぎ、戦中・戦後の将棋界で活躍し、後に連盟会長なども務めた加藤治郎名誉九段や、富沢幹雄八段といった著名な棋士を育てています。

その人物像については、弟子筋にあたる原田泰夫九段が自著などで詳しく触れています。原田によれば、山本は普段は口数が少なく真面目な印象だが、一方で大胆な物言いを好む一面もあったといいます。古風で礼儀を重んじる人柄で、原田に送った手紙や葉書は常に達筆な毛筆で書かれていたそうです。特に師匠である小菅名誉名人の話題となると、言葉に力が入り、小菅が弟弟子である関根金次郎を名人位に立て、自身は実業界で成功したというエピソードを懐かしそうに語り、時には眼を潤ませるほどであったと記されています。

また、弟子の加藤治郎名誉九段は著書「昭和のコマおと」の中で山本を評し、「華々しいスタープレイヤーではなかったが、将棋界の裏側で昭和の時代を支えた功労者の一人」としています。加藤はまた、山本が若い棋士からは「一言居士」（自分の意見を曲げない頑固者）として少し敬遠されることもあったと述べています。しかしその一方で、上位の棋士に対しては「横暴な振る舞いをしてはならない」と率直に苦言を呈することも辞さず、それが上の世代からは煙たがられる原因ともなったものの、かえって若い棋士たちからは頼りにされる存在でもあったという複雑ながらも魅力的な人物像を描き出しています。

山本の故郷である伊勢の墓地には、彼の墓が建てられています。この墓に刻まれた文字は、孫弟子にあたる原田泰夫九段が書いたものであり、これは弟子の加藤治郎や遺族からの願いによるものでした。山本の墓は将棋の駒の形をしているというユニークな特徴を持ち、その近くには、球界の巨星である沢村栄治の、野球ボールをかたどった墓があるという、興味深い対比が見られます。

山本樟郎の主な昇段履歴は以下の通りです。

• - 大正5年（1916年）：四段昇段（26歳）
• - 昭和7年（1932年）：七段昇段
• - 昭和21年（1946年）：現役引退
• - 昭和39年（1964年）：贈八段（11月3日、表彰感謝の日）
• - 昭和40年（1965年）：死去（2月28日、享年74）

山本樟郎は、棋士として一定の実績を残すとともに、将棋界の組織運営、特に激動期における安定化に重要な役割を果たし、多くの後進を育てた人物として、その功績は記憶されています。

もう一度検索