山棟蛇 (漫画)

手塚治虫の代表作の一つに数えられる短編漫画『山棟蛇』。1972年、雑誌『漫画サンデー』に掲載されたこの作品は、東京都知事襲撃事件の容疑者と、その容疑者を巡る田舎町の村人たちの騒動を描いた社会風刺漫画です。

物語は、事件の容疑者である甲斐という男が、古畑村という小さな村に姿を現すことから始まります。甲斐は自殺を企てますが、村長はこれを村おこし、観光客誘致の好機と捉えます。村長は村民に口止め料を支払い、甲斐の居場所を警察に通報せず、大々的な逮捕劇を演出します。

マスコミはこぞって古畑村の騒動を大きく報道し、甲斐は村で監禁される身となります。しかし、真犯人が逮捕されたとの知らせが届き、古畑村は静けさを取り戻します。

ここで、村長の思惑が明らかになります。話題が尽きた古畑村を再び脚光を浴びせようと、村長は助役らと共謀して甲斐を殺害し、新たな事件を起こそうと企てます。しかし、計画を実行に移そうとした矢先、村長たちの前に現れたのは、ヤマカガシのごとく再び息を吹き返した甲斐でした。

作品タイトルの『山棟蛇』は、毒蛇と間違われやすいヤマカガシに由来しています。ヤマカガシは毒蛇ですが、毒牙が奥にあるため、当時、毒蛇ではないと誤解されていた側面がありました。この漫画が発表された1972年には、ヤマカガシによる死亡事故が初めて報告されています。この事実と、村人たちに真犯人と間違われた甲斐という旅人、そして、村長たちの思惑が絡み合い、作品に深みを与えています。

この作品は、単なるミステリー漫画にとどまらず、マスコミの報道姿勢や、地方の衰退、人間の欲望など、様々な社会問題を鋭く風刺しています。一見コミカルな展開でありながら、読後には深い余韻が残る、手塚治虫の独特な世界観が堪能できる作品と言えるでしょう。

『山棟蛇』は、1980年、1991年に大都社からハードコミックスとして刊行されました。その後も、『大地の顔役バギ』、『火の山』、『一輝まんだら2巻』、『手塚治虫の山』といった様々な単行本に収録され、現在も読者から高い評価を得ています。単行本によって収録されている巻数やタイトルが異なることからも、この作品が手塚治虫の代表作の一つとして広く愛されていることが伺えます。

『山棟蛇』は、社会風刺、ミステリー、サスペンスといった要素が複雑に絡み合い、読者の想像力を掻き立てる、奥深い作品です。手塚治虫の漫画表現の巧みさ、そして深い洞察力を感じることができる、まさに傑作と言えるでしょう。 その魅力は、時代を超えて、多くの読者を魅了し続けています。

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