岡倉古志郎

国際政治学者、経済学者として知られる岡倉古志郎（1912-2001）は、近代日本美術史や東洋思想に大きな足跡を残した岡倉天心の孫としてもその名を知られています。天心は『茶の本』や『東洋の理想』といった著作で世界的に評価された美学の泰斗であり、古志郎は朝日新聞記者で天心の伝記を編纂した父・一雄の子として、学術と社会活動に深く関わる人生を歩みました。

東京で生まれた岡倉古志郎は、東京帝国大学で学びを深めた後、東京電灯株式会社（現在の東京電力）に入社しました。その後、国家政策の立案に携わる企画院を経て、戦時下の研究機関であった東亜研究所に籍を置きます。しかし、1938年には企画院に関連する人物が思想犯として摘発された「企画院事件」に巻き込まれ、治安維持法違反の容疑で検挙される経験をしました。

第二次世界大戦終結後、日本の再建期において、岡倉は再び学術研究の道を進みます。1947年には世界経済研究所の設立に参画しました。教育者としても精力的に活動し、同志社大学、大阪外国語大学（現在の大阪大学外国語学部）、中央大学など、各地の大学で教鞭を執り、次世代の研究者や社会人を育成しました。

彼の研究における主要な関心は、戦後の国際政治、特にアジアやアフリカ地域の動向にありました。この分野の研究を推進するため、1961年にはアジア・アフリカ研究所を自ら設立し、初代所長に就任。彼は非同盟運動の理論的支柱の一人として、植民地支配から独立したばかりのアジア・アフリカ諸国の民族運動や、彼らが国際社会で取るべき非同盟という立場について詳細な分析を行いました。これらの研究は、当時の日本の国際情勢理解に重要な示唆を与えました。また、1983年から2年間は、大東文化大学東洋研究所の所長を務め、東洋学の振興にも貢献しました。

学術界のみならず、岡倉は社会活動にも積極的に関与しました。日本学術会議の副会長として学術行政に貢献したほか、核兵器廃絶を訴える原水爆禁止運動や平和運動にも深く関わり、原水爆禁止日本協議会の専門委員、日本平和委員会および日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会の常任理事などを務めました。これらの活動を通じて、反戦、平和、そしてアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国との連帯を強く訴え続けました。

岡倉古志郎の著作は非常に多岐にわたります。初期の経済に関するものから始まり、『イギリス計画経済』や『濠洲の社会と経済』といった個別経済・地域研究、戦後の労働問題に関する『世界労連と日本』『労働組合のABC』、そして国際政治の分析として『アメリカの政治体制』『国際情勢の見方』などがあります。特に植民地主義や民族問題への関心から、『東南アジア経済論』『パレスチナ物語』『植民地』などを著しました。

彼の代表的な著作群には、軍事産業の実態に迫った『死の商人』、国際政治における非同盟という選択肢を論じた『第三勢力 中立と平和』、アジア・アフリカ諸国の台頭を描いた『民族 アジア・アラブの十四億人』などがあります。自身の専門である非同盟運動については、『アジア・アフリカ問題入門』『非同盟運動』といった著作でその思想と実践を解説し、晩年の『非同盟研究序説』では第15回野呂栄太郎賞を受賞しました。また、祖父・天心の研究書である『祖父岡倉天心』も執筆しています。これらの単著に加え、『国際問題用語人名辞典』や『世界現代史事典』といった共編著、さらにアルバート・E.カーンの『叛逆』やD.W.W.コンデの一連の著作（『CIA黒書』など）の翻訳も多数手がけ、海外の重要な研究や情報を日本に紹介しました。

2001年4月2日、急性肺炎のため東京都渋谷区の病院で死去しました。享年88歳。国際政治学者、経済学者として、アジア・アフリカ地域の民族解放運動と非同盟運動の研究に大きな貢献をし、また平和運動や社会活動の実践者としても、戦後日本の学術界と言論界に確かな足跡を残した人物です。

もう一度検索