岡本歌子

岡本歌子（おかもと うたこ）

日本の医学者。ε-アミノカプロン酸とトラネキサム酸の開発者の一人として知られています。彼女の生涯は、研究者としての輝かしい業績だけでなく、働く女性としての先駆的な生き方でも注目されています。

生い立ちと学生時代

1918年（大正7年）4月1日、東京の下谷神社宮司の長女として誕生しました。幼少期は虚弱体質でしたが、療養を経て健康を取り戻し、小学校ではリレー選手として活躍しました。東京府立第一高等女学校（現・都立白鷗高校・附属中学校）に進学後も陸上部に所属し、走り幅跳びや短距離走で才能を発揮する一方で、図書室で文学作品に親しむ文学少女でもありました。特に「増鏡」、「古事記」、「源氏物語」などを愛読しました。第一高女の校長であった市川源三の「女性である前に一人前の人間であれ」という教育理念は、彼女の後の人生に大きな影響を与えました。

第一高女卒業後、東洋女子歯科医学専門学校に進学しますが、講義に興味を持てませんでした。しかし、慶應義塾大学医学部の林髞助教授の物理学の講義に感銘を受け、自然科学への興味を抱くようになります。その後、同校を中退し、基礎医学を志して東京女子医学専門学校（現・東京女子医科大学）に入学しました。入学時には、父親から「一番で合格したら学費を出す」という条件をクリアし、見事首席で入学を果たしました。

研究者としての道

1941年（昭和16年）12月に東京女子医学専門学校を卒業後、同校の生理学教室助手として勤務し、須田勇に師事しました。脳の直接化学刺激による小脳の反応に関する研究を行い、小脳が自律神経系の高次中枢であることを明らかにしました。

1945年（昭和20年）6月からは慶應義塾大学医学部生理学教室助手として中枢神経生理学の研究に従事。1947年（昭和22年）11月には同教室の岡本彰祐と結婚し、夫婦で「抗プラスミン剤」の研究に取り組みました。この研究から、現在も止血剤として広く用いられているε-アミノカプロン酸とトラネキサム酸の開発に成功しました。

1966年（昭和41年）4月には神戸学院大学栄養学部教授に就任し、「非プラスミン性線溶」の研究を行いました。

働く母としての挑戦

結婚後も研究を続け、1949年（昭和24年）には娘の久美を出産しました。当時は研究者の女性は結婚しないという考えが一般的だったため、仕事と育児の両立は困難を極めました。産休明けの保育、子供が歩き始めてからの育児、小学校入学後の放課後の問題など、多くの壁に直面しました。

職場内託児所の設立は実現しませんでしたが、両親や従妹、知人の幼稚園園長夫妻の協力を得て、育児問題を解決しました。特に、小学校入学後の放課後の問題には、キュリー夫人の研究所内の学校に着想を得て、子供好きの研究者や専門家と共に学童保育の先駆けとなる「すずめの学校」を設立しました。この学校は、小学校4年生まで続けられました。

家族

夫の岡本彰祐も医学研究者であり、夫婦で「おしどり研究者」として知られていました。娘と女の孫が、働く母の生き方を引き継いでいます。

履歴

1936年（昭和11年）3月：東京府立第一高等女学校卒業
1941年（昭和16年）12月：東京女子医学専門学校繰り上げ卒業
1942年（昭和17年）1月：東京女子医学専門学校生理学教室助手
1945年（昭和20年）6月：慶應義塾大学医学部生理学教室助手
1947年（昭和22年）11月：岡本彰祐と結婚
1966年（昭和41年）4月：神戸学院大学栄養学部教授就任
1980年（昭和55年）6月：夫と共に「血栓止血研究神戸プロジェクト委員会」創設、副代表
1988年（昭和63年）3月：神戸学院大学栄養学部教授定年退職
1988年（昭和63年）4月：神戸学院大学栄養学部特任教授
1990年（平成2年）3月：神戸学院大学特任教授定年退職
1990年（平成2年）4月：神戸学院大学名誉教授
2004年（平成16年）11月 - 2014年7月：血栓止血研究神戸プロジェクト委員会代表

受賞歴

1958年（昭和33年）：北里柴三郎賞「線維素溶解現象の研究」
1964年（昭和39年）：サンケイ児童出版文化大賞「人体のすべて」（小学館）
1970年（昭和45年）：第2回吉岡弥生賞「線維素溶解現象の基礎医学的研究」
1986年（昭和61年）：サンケイ児童出版文化賞「からだのはたらきと健康」
1998年：日本女性科学者の会功労賞

主な著書

「脳の化学」（共訳、1957年）
「血液」（1961年）
「人体のすべて」（共著、1964年）
「生理学精粋」（共著、1971年）
「新生理学」（共著、1972年）
「からだのはたらきと健康」（共著、1985年）
「線溶系の生理学」（共著、1979年）
「岡本彰祐アンソロジー」（編著、2008年）
「ある女性科学者の一世」（2008年）

岡本歌子の生涯は、医学研究の発展に貢献するだけでなく、働く女性のロールモデルとしても輝きを放ち続けています。

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