増鏡

『増鏡』：南北朝時代の宮廷を描いた歴史物語

『増鏡』は、南北朝時代を舞台とした歴史物語です。「四鏡」と呼ばれる歴史物語群の一つであり、成立時期や内容において最後の位置を占めています。後鳥羽天皇の誕生（治承4年、1180年）から、元弘の乱における後醍醐天皇の鎌倉幕府打倒（元弘3年/正慶2年、1333年）までの約150年間の出来事を、詳細にわたって描き出しています。

多様な写本と謎の作者

現存する『増鏡』には、17巻本と19巻本（あるいは20巻本）があり、それぞれ「古本」「増補本」と呼ばれています。しかし、どちらが先に書かれたのか、あるいは改訂版なのかといった点については、未だに議論が続いています。

作者は不明です。しかし、北朝に仕えた貴族でありながら、南朝を開いた後醍醐天皇を敬愛していた人物であると考えられています。日本文学や学問に造詣が深く、和歌では二条派に傾倒していたと推測されています。家格は羽林家か大臣家以上であったともされており、二条良基説が有力視されていますが、確証はありません。他に二条為明説、洞院公賢説など複数の説が存在します。

成立年代をめぐる論争

『増鏡』の成立年代についても、複数の説が提唱されています。確実な上限は元弘3年（1333年）6月、下限は永和2年（1376年）4月です。しかし、興仁親王（後の崇光天皇）に関する記述から、上限は暦応元年（1338年）8月13日とする説が有力です。一方、下限については、足利尊氏の死（延文3年、1358年）を基準とする説や、応安年間（1368-1375）とする説などがあります。

物語の内容と構成

『増鏡』は、100歳の老尼が清凉寺で語った昔話を書き記したという体裁をとっています。ただし、老尼は冒頭部分にしか登場しないため、当初は他の「四鏡」と同様に、物語の最後に老尼が登場する場面があったとする説もあります。

物語は、後鳥羽院、後嵯峨院、そして後醍醐天皇の三部構成で描かれています。後醍醐天皇の部分では、隠岐への配流から親政回復までの過程が詳しく描写されています。歴史物語でありながら、宮廷生活の記録が混在しており、典雅な擬古文体で書かれていることも特徴です。

書名の由来

書名の「増鏡」は、老尼が詠んだ歌「愚かなる心や見えんます鏡」と、作者の歌「いまもまた昔をかけばます鏡 振りぬる代々の跡にかさねん」から由来します。「ます鏡」は「真澄の鏡」の略で、「よく澄んだ鏡」を意味します。過去をありのままに映し出す鏡、という意味合いも込められていると解釈されています。また、「三鏡」に一つを加えるという意味も含まれているのではないかという説もあります。

参考文献と今後の研究

『増鏡』は、井上宗雄氏、和田英松氏らによって詳細な注釈付きで現代語訳されています。これらの研究は、『増鏡』の理解を深める上で大きな貢献をしています。しかしながら、作者や成立年代、写本の関係性など、未解明な点も多く残されています。今後の研究によって、さらに謎が解き明かされることが期待されます。様々な学説が提示されており、それぞれの根拠や解釈を理解することで、『増鏡』の世界をより深く知ることができます。

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