岬にての物語

『岬にての物語』

三島由紀夫による短編小説『岬にての物語』は、彼が11歳の頃に母と妹と共に過ごした夏の思い出を、夢想的に振り返る作品です。本作は、1945年8月15日の敗戦を迎えた時期に執筆され、その背景には複雑な感情が渦巻いていました。

物語の舞台は、房総半島の鷺浦で、三島はこの場所に12歳の時に母と妹、弟と共に訪れた記憶が鮮明に残っています。彼の晴れやかな思い出とともに、さまざまな感情が交錯する場所であることが、本作の根底に流れています。

本作品は1946年の『群像』に初めて掲載され、その後1947年に単行本として刊行されました。三島の作品には、空襲の激化や戦争という背景があったため、「一作一作が遺作のつもりで書かれた」という彼の思いも反映されています。

あらすじ

物語の主人公である少年「私」は、夢想にふける性質を持っており、幼少期からその傾向は続いていました。11歳の時、母と妹と共に房総半島の鷺浦の海岸を訪れた彼は、病弱な体に悩みながらも、本を読んで過ごす日々を送っています。父は少年に泳ぎを覚えさせようと、書生の小此木を水泳教師として同行させましたが、「私」は泳ぎを拒んでいました。

海岸で過ごす日常の中、母と妹が叔母を訪れるために帰ることになり、少年は小此木を一人残して潮風に吹かれながら自らの内面へと入り込んでいきます。彼は美しい岬に向かって歩き出し、そこで出会った美しい女性と青年によって神秘的な経験をすることになります。彼女の歌声やオルガンの音が響く洋館は、少年の感覚を刺激し、特異な体験の中で彼は幼いながらも何か大切な真実を掴み取ったかのように感じます。

彼の冒険心に導かれるまま、彼は「かくれんぼ」を提案され、数を数えることになりますが、その最中に彼の心を見透かすように不安が押し寄せます。彼は二人を捜すも見つからず、激しい涙に暮れ、初めての喪失感や悲劇の理解をします。この瞬間が「私」にとって特別な出来事として胸に刻まれます。

物語の終焉に近づくと、「私」は家に帰り、誰にもその出来事を話すことはなく、心の中で静かにその真実を秘めて帰ります。水泳を覚えられなかったことに対しての父の叱責を恐れつつ、彼はその体験が持つ特別さにどこか満足しています。このように、青年の成長や感受性、失われたものへの思慕を描いた作品になっています。

本作の評価

本作品は、三島の文学的なスタイルや美意識が色濃く反映された作品であると評価されています。批評家たちはこの作品を通じて、戦争期に培った三島の作家心情やロマン派的情動に触れ、後の作品につながるテーマを一早く感じ取っています。特に「死」と「美」という要素が交錯する様子が、三島文学の特異性を見せています。

さらに、本作の再刊時に装幀を担当した蕗谷虹児との関係や、その装幀が与える影響も興味深いポイントです。三島は、彼の作品において蕗谷虹児の美的感覚を見いだし、その意境が物語の表現を一層深くしています。三島由紀夫の『岬にての物語』は、青年の思い出としてだけでなく、戦後日本の文学における重要な作品として再評価され続けています。

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