川本重雄

川本重雄

川本重雄（1953年 - ）は、日本の建築史家であり、元京都女子大学学長です。専門は日本建築史であり、特に寝殿造を主要な研究領域としています。

経歴

1953年、岐阜県に生まれました。東京大学工学部建築学科を1975年に卒業後、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻に進み、1982年に工学博士の学位を取得して博士課程を修了しました。博士論文のテーマは「寝殿造の研究」です。

1984年、北海道工業大学の講師となり、1991年に教授に昇格しました。その後、1999年に京都女子大学へ移籍し、2009年には学長に就任しました。2017年からは近畿大学教授を務めています。

受賞・栄典

2006年、著書『寝殿造の空間と儀式』(2005年度（第10回）)で第8回建築史学会賞を受賞しています。

研究内容・業績

川本重雄の研究は、従来の寝殿造研究における定説への批判的な検討を含んでいます。特に、太田静六が提唱した「正規寝殿造」の概念に対して、1982年と翌年に日本建築学会で発表した論文で異議を唱え、数年にわたる論争を繰り広げました。

儀式空間の変遷論

川本は、太田静六の「正規寝殿造」と「左右対称」という考え方を否定し、太田博太郎や飯淵康一といった研究者も巻き込んだ議論を展開しました。川本が太田の寝殿造変遷論に対して異議を唱えた根幹は、以下の点にあります。

従来の定説では、平安時代中期以前の文献に見られる寝殿・東対・西対といった言葉に、平安時代後期の文献に残る指図から復元された寝殿の構造や対のイメージを重ね合わせることで、寝殿造の典型像が形成されていました。しかし、川本は、左右非対称な形式が平安時代後期に初めて見られるのではなく、貴族文化が頂点に達したとされる藤原道長時代の土御門京極殿や、道長の嫡男である頼通の高陽院でも見られると指摘しました。

川本は、寝殿造の変化を単なる「国風化」や「日本人気質の表れ」といった曖昧な要因ではなく、「接客」という視点から考察しました。貴族社会における「接客」は、公式な儀式である「大饗」や「臨時客」などに現れます。川本は、これらの儀式を分析することで、「もてなす場」や「もてなす相手」の変化に、社会構造の変化を読み取ろうとしました。この研究は、『建築史学』1992年の「学会展望・日本住宅史」でも「きわめて刺激的な論考」と評されています。

正月大饗（律令時代）

川本は、『九条殿記』天慶8年(945)の右大臣藤原実頼による小野宮での正月大饗の記録と、平安時代末の仁平2年(1152)の左大臣藤原頼長による東三条殿での正月大饗の記録を比較しました。正月大饗は、太政官の長が部下を招く饗宴であるという点は平安時代中期も平安時代末期も変わりませんが、仁平2年の記録には殿上人座や諸大夫の座が設けられているという大きな違いがあります。これは貴族社会の変化を示すものですが、これらの席は外記・史などよりも遠く、南庭が見えない裏側に隔離されており、大饗の有職故実を維持しようとする意図が見られます。

臨時客（摂関時代）

大饗においても貴族社会の構造変化が見られますが、それは正月大饗の代わりに行われるようになった臨時客においてより顕著になります。臨時客の招待客は、大臣を含む公卿と殿上人であり、大饗のような太政官の官人ではありません。会場は対に移ります。川本の論文「土御門京極殿における饗宴儀式とその饗座」には、道長の土御門殿で行われた饗宴儀式が『権記』『小右記』『御堂関白記』に確認される範囲で17回あり、その内寝殿で行われたのは正月大饗と任大臣大饗の2回のみで、他の15回は対で行われ、招待客は公卿と殿上人、または公卿と殿上人と諸大夫でした。

川本は、大饗を律令制下の饗宴、臨時客など対で行われるものを摂関時代の饗宴と位置づけ、律令官制に基づく序列から公卿・殿上人・諸大夫の三階層の序列への変化を、佐藤進一が『日本の中世国家』で論じた「官司請負制」に求めました。これは、律令国家体制から王朝国家体制への変化を象徴する、貴族社会および社会全体の変容を示すものです。

摂関時代の饗宴が対を会場としたのは、「寝殿が律令時代の接客空間として官位の秩序によって固定化され、新しい秩序を受容できなかった」ためであり、「対屋こそが貴族住宅の中核になった」と川本は主張します。

著作

* 『寝殿造の空間と儀式』中央公論美術出版、2012年

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