巡回連絡

巡回連絡（じゅんかいれんらく）

巡回連絡とは、日本の警察官が地域社会を構成する住民の家庭や事業所を定期的に訪問し、犯罪や災害の発生を未然に防ぐこと、地域住民との良好な関係を築き、担当区域の実態を把握することを主な目的として行われる活動です。

歴史的経緯

この活動の前身は、戦前の「視察」にあります。当時の視察は、主に社会主義者や準社会主義者といった特定の人々を監視する目的で行われ、「戸口調査」とも呼ばれていました。1875年の太政官達「行政警察規則」には、担当区域内の住民の情報（職業、年齢、人となりなど）を詳細に把握し、怪しい人物の動向を密かに探知するよう巡査に指示する条項があり、これが視察の根拠となっていました。権威をもって呼び出すことは避け、悟られないように探偵することが警察の本意とされていました。

現在の「巡回連絡」という名称でこの制度が復活したのは第二次世界大戦後の1950年のことです。この時期の主な目的は、戦前とは異なり、地下活動を行う共産党員の摘発にあったとされています。

現在の活動内容

現在、巡回連絡は主に交番や駐在所に勤務する地域警察官が担当しています。担当区域内の家庭や事業所を訪れ、住民からの相談や要望、警察への意見などを聞き取ります。また、地域で発生している犯罪や災害事故の状況、それらから身を守るための対策、緊急時の対応方法など、防犯・防災に役立つ情報を提供します。

訪問時には「巡回連絡カード」と呼ばれる書類を作成するのが一般的です。巡回連絡は通常、制服を着用した警察官によって行われ、私服の警察官が担当することはありません。近年は日本に居住する外国人が増加していることから、民間通訳人を同行させて外国人世帯への巡回連絡を強化している警察署もあります。これにより、外国籍住民に日本での生活における安心感を提供することも目的とされています。

対象と実施頻度、時間帯

巡回連絡の原則的な対象は、担当区域内のすべての家庭および事業所です。ただし、警察署長が特に必要がないと判断し指示した場合は、対象外となることもあります。

実施頻度については、対象の定住性などに応じて目安が定められています。

一般家庭など定住性の高い対象: 2年に1回以上
アパート、貸家など転出入が多い対象: 半年に1回以上
事業所など: 年に1回以上

訪問する時間帯は、訪問先の住民に迷惑をかけないように配慮されます。住民の都合により夜間に訪問が必要な場合は、事前に警察署の地域課長の承認を得る必要があります。

法的根拠

巡回連絡は、警察の重要な任務の一つと位置づけられています。例えば、大阪府警はホームページ上で、警察法第2条（警察の責務）を根拠として、巡回連絡を「公共の安全と秩序の維持を図るために、地域警察官のみに与えられている重要な任務である」と説明しています。また、地域警察官の運営について定めた「地域警察運営規則」（昭和44年国家公安委員会規則第5号）第20条にも、交番勤務および駐在所勤務の警察官が行う巡回連絡に関する規定があります。

巡回連絡カードと個人情報に関する問題

巡回連絡の際に作成される「巡回連絡カード」は、地理案内の提供、迷子の連絡、事件・事故発生時の緊急連絡など、住民サービスの向上に役立てる目的で作成されると警察は説明しています。このカードには、同居する家族全員の氏名や、非常時の連絡先として勤務先、学校、実家などの電話番号が記入されることが一般的です。警察は、カードを鍵のかかる場所に厳重に保管し、住民の安全を守るために必要な範囲でのみ使用し、警察以外の機関に情報が漏洩することはないとしています。

しかし、実際には巡回連絡カードやそれに類する個人情報が紛失したり、外部に漏洩したりする事件が複数発生しています。2012年には神奈川県警の警察官がカードを紛失し盗難される事案が発生したほか、2016年には新潟県警の女性警察官がカードを落として紛失、2019年には愛知県警の警察官が住所・氏名が記載された書類を紛失しています。

さらに深刻な事例として、2000年に発覚した東京シークレット調査会事件があります。これは、警察官が巡回連絡などを通じて職務上知り得た個人情報を、外部の興信所に不正に提供し、金銭を得ていたという事件です。この事件では、多数の著名人の情報も含まれており、国会でも問題視されました。逮捕者が出たほか、全国で数十名の警察官が懲戒処分を受けています。ジャーナリストなどからは、こうした情報漏洩や不正利用の問題を指摘し、「巡回連絡カードは個人情報悪用のために収集されている」「提出は任意なので絶対に拒否すべきだ」といった声もあがっています。

実施状況と不祥事の事例

過去の調査（例えば1999年度の財団法人日工祖社会安全財団の調査）によると、自宅に警察官の巡回連絡を受けたことのある人の割合は約45%前後で、地域によって実施状況に差が見られます。

巡回連絡に関連して、警察官による不祥事も残念ながら複数報告されています。1978年には、巡回連絡を装って女性宅に侵入し強姦・殺害するという凶悪事件が発生し、当時の警視総監が引責辞任しました。他にも、巡回連絡で知り合った女性の個人情報を不正に閲覧したり、不適切に関係を持ったりした事例（2009年、2021年）、巡回連絡で知り得た情報をもとに未成年者誘拐未遂容疑で逮捕された事例（2015年）、OBが個人情報を不正取得した事例（2016年）、巡回連絡簿を利用して高齢者から現金を騙し取ったり借りたりした事例（2019年）、巡回連絡にかこつけてわいせつ行為を行った事例（2021年）などが起きています。一方で、指名手配中のオウム真理教元幹部が潜伏先で巡回連絡を受けても見破られなかったという事例も報告されています。

これらの事例は、巡回連絡が持つ地域安全への貢献という側面がある一方で、運用上の問題や悪用、警察官の倫理に関する課題も存在することを示しています。

※巡回連絡は任意であり、情報の提供や巡回連絡カードの記入を拒否することも可能です。