工業 (ゴヤ)

フランシスコ・デ・ゴヤの寓意画『工業』

スペインのロマン主義を代表する画家フランシスコ・デ・ゴヤが1804年から1806年にかけて制作した『工業』は、彼の寓意画の中でも特に注目に値する作品です。この作品は、当時のスペインの宰相であった平和公マヌエル・デ・ゴドイのために創作された四点のトンド作品の一つとして知られています。現在この作品は、マドリードのプラド美術館に所蔵されています。

制作の背景と意義

1799年10月、ゴヤは宮廷画家としての地位を確立し、国王カルロス4世と王妃マリア・ルイサ・デ・パルマに重用されるようになりました。ゴドイもまた国王夫妻の信任を受けており、彼らの影響力を背景に、ゴヤは多くの作品を手がけました。特に、1801年から1806年にかけて、ゴドイの宮殿の改修に際して、ゴヤは『工業』の他に『商業』、『農業』、『科学』という三つの寓意画を制作しました。

これらの作品は、啓蒙主義を支持するゴドイの政治的メッセージを反映しており、地域の経済発展に寄与する姿勢を表現しています。『工業』が設置された正面大階段ホールは、ゴドイを訪れる人々が待機する控え室であったため、政治的プロパガンダを行う場として選ばれたのです。

作品の内容

『工業』では、ゴヤが描くのはタペストリー工場で作業する二人の女性です。近代的な紡績機を使って糸を紡いでいる彼女たちの姿は、18世紀スペインにおける産業の発展を象徴しています。特に画面中央の女性は不安げな表情を浮かべており、遠くを見つめています。彼女の背後にいるもう一人の女性は、彼女の様子を不思議そうに見つめています。背景には明るい光が差し込み、女性たちの表情を鮮明に照らし出していますが、その光は冷たく、全体に暗い雰囲気を与えています。

この作品は、ゴヤがバルタザール・ベラスケスの『織女たち』から影響を受けたと考えられており、現実の場面を神話的な主題と結びつけて描いています。背景に描かれている女性たちは、ギリシャ神話における運命の女神モイラを象徴している可能性があり、彼女たちが運命の糸を紡いでいるかのような錯覚を呼び起こします。

作成地とスタイル

作品の舞台はマドリードのサンタ・バーバラ王立タペストリー工場であると考えられています。この工場はゴヤが長年活動していた場所で、彼にとって親しみ深い場であったでしょう。四点の寓意画の構図は、タペストリーのカルトンに似たデザインが特徴的で、観覧者の目線に配慮された高い位置に鑑賞されることを意図しています。特に、ピラミッド型の配置と光の使い方が巧妙で、視覚的な奥行きを与えています。

更には、この作品には当時の社会的な側面も与えられていると考えられます。多くの売春婦が啓蒙的な政治家からの支援を受けて紡績業に従事していたことは知られており、画面に描かれた女性たちの表情や職業は、この繋がりを示唆しているかもしれません。

作品の歴史

『工業』を含む四点の寓意画は完成後、正面大階段ホールのヴォールトの上に展示されました。『農業』と『商業』はそれぞれ北と南の壁に配置され、その他の二つは東西の壁に位置しています。これらの寓意画は、1807年以降、ゴドイの宮殿が海軍省の本部として使用される期間中もその地に留まっていました。1930年に海軍省が新たな場所へ移転した際、絵画はプラド美術館に寄託され、現在に至ります。一方、『科学』のみは行方不明となっているため、現在は他の三点のみが所蔵されています。

まとめ

ゴヤの『工業』は、その美的価値だけでなく、当時の社会的状況や政治的影響をも映し出す重要な作品です。彼の描く女性たちの姿は、産業とその背景にある人々の日常生活を物語っており、見る者に深い印象を与えています。

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