市川村 (広島県)

市川村

市川村（いちかわむら）は、かつて広島県高田郡に置かれていた村です。現在の広島市安佐北区の一部にあたる地域に位置していました。短い期間ながらも、その歴史の終盤において特異な村域の再編を経験した自治体として知られています。

地理

市川村の地理は、三篠川沿いに広がる平野部と、それに隣接する山地によって特徴づけられます。村の主要な水源であり、人々の生活や農業を支えた三篠川は、村の景観形成においても重要な役割を果たしていました。また、村域の南東には、標高約887メートルの白木山がそびえ立ち、豊かな自然環境を提供していました。この山岳地帯は、林業や製炭といった産業とも密接に関連していました。

歴史

市川村の行政村としての歴史は、明治時代の町村制施行に始まります。1889年（明治22年）4月1日、町村制の施行に伴い、高田郡内に市川村が単独で村として発足しました。これは、周辺の多くの地域が複数の集落を合併して新しい村を形成する中で、市川村の区域が一つの村として認められたことを意味します。

村はその後、約60年間存続しましたが、昭和時代に入ると大きな転換期を迎えます。1949年（昭和24年）10月1日、市川村はその歴史に幕を閉じ、廃止されました。しかし、その廃止の仕方は一般的ではなく、村域は二つに分割されるという複雑な経緯をたどりました。

具体的には、村内の一部であった大寺地区は、隣接する高田郡井原村に編入されました。一方、大寺地区を除く市川村の残りの地域は、同じ高田郡に属する秋越村と合併し、新たに高南村（こうなんそん）が新設されたのです。このように、市川村は一つの自治体として消滅する際に、その領域が異なる二つの自治体に継承されるという、比較的珍しい再編方式がとられました。

産業

市川村の主要な産業は、地域固有の地理的条件や資源を活かしたものでした。三篠川沿いの肥沃な土地では、農業が基幹産業として営まれ、米や麦といった作物が生産されていました。また、養蚕も盛んに行われており、農家にとって貴重な現金収入源となっていました。村の周辺に広がる山林からは木材が得られ、これを利用した製炭業も重要な産業の一つでした。

鉱業も行われていました。村域には大谷鉱山があり、ここでは大正年間（1912年-1926年）と戦後間もない昭和22年（1947年）に、鉄鉱石や亜鉛鉱石の採掘が行われていた記録が残っています。これらの産業は、村の人々の暮らしを支え、地域経済を形成していました。

交通

村域そのものに鉄道駅は設置されませんでしたが、比較的早い時期に鉄道が近くを通るようになり、交通の便が向上しました。1915年（大正4年）、芸備鉄道（現在のJR芸備線）が開通し、村域の隣、秋越村との境付近に志和口駅が開設されました。これにより、市川村の住民は志和口駅を利用して、広島市方面など外部との往来が可能となり、人々の移動や物資の輸送に新たな手段が加わりました。鉄道の開通は、地域の産業や生活にも少なからず影響を与えたと考えられます。

現在の姿

1949年に廃止された市川村は、その後の昭和の大合併や平成の大合併を経て、現在では広島市の行政区域に含まれています。旧村域は、主に広島市安佐北区の一部となっています。かつての村としての痕跡は、地形や河川、あるいは一部に残る地名などに見られるかもしれませんが、行政的な単位としての市川村は姿を消しました。しかし、この地で営まれた人々の暮らしや歴史は、現在の地域社会へと引き継がれています。

市川村は、明治期に単独村として発足し、農業や林業、鉱業といった産業で栄えましたが、昭和期に村域が分割されるという特異な形で約60年の歴史に幕を閉じました。その複雑な歴史は、日本の町村合併の多様な事例の一つとして、今日に伝えられています。

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参考文献

角川日本地名大辞典 34 広島県
『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

関連項目

* 広島県の廃止市町村一覧

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