市河荘

市河荘について

市河荘（いちかわしょう）は、甲斐国（現在の山梨県）に存在した荘園です。10世紀に成立し、その領域は時代とともに変化しましたが、おおむね甲府盆地の底に位置していました。甲斐国においては、荘園公領制が確立する以前に成立した、珍しい免田型の荘園として知られています。

沿革

11世紀後半になると、皇室や貴族、大寺院の経済基盤として、地方に多くの荘園が作られました。12世紀には、国衙領と荘園を基礎単位とする荘園公領制が成立しました。甲斐国では、院政期にあたる12世紀に甲府盆地を中心に多くの荘園が成立しましたが、市河荘は確認されている限り、11世紀以前に作られた唯一の荘園です。

市河荘に関する最初の記録は、『仁和寺文書』に収録されている「法勝院領目録」の安和2年（969年）7月8日の記事です。この文書は、山城国紀伊郡深草郷（現在の京都市伏見区）にあった真言宗寺院である法勝院で、同年7月の火災により所領に関する公験文書が焼失したため、深草郷の刀禰が所領の事実を確認した紛失状です。この文書には、甲斐市河荘が山城国や大和国など6か国に分布する法勝院の所領として記録されており、田地13町9段310歩が記載されています。

『目録』によると、法勝院の所領は創建当初から領掌されており、もとは海印座主基遍大法師が領掌していました。969年（安和2年）の時点では、法勝院領となってから数十年が経過していたとされ、このことから市河荘の成立は9世紀末から10世紀初頭と推定されています。法勝院領となった経緯は不明ですが、藤原氏による寄進である可能性も指摘されています。

網野善彦は、市河荘を東国では珍しい、領域支配を特徴とする12世紀以降の中世荘園とは異なる、免除領田制に基づく免田型荘園であると指摘しています。

『目録』には、荘田の条理坪付が記載されています。市河荘の荘田は、国中三郡に散在しており、巨麻郡に11町3段余り、山梨郡に2町5段余り、八代郡に1町7段余りが確認できます。これにより、11世紀には甲府盆地で条理地割が存在していたことがわかります。市河荘田は、条理制が施行された地域に荘田が散在している遠隔地荘園であり、網野善彦は、その存在形態について、東国では珍しい10世紀以来の免除領田制に基づく免田型荘園であり、中世荘園とは性質が異なると指摘しています。

また、秋山敬は、『目録』に記載されているのは免田のみであり、法勝院の所領は他にも存在していた可能性があると指摘しています。一方で、これを10世紀以前の荘園の特徴である散在田地の集積と解釈する見解もあります。『目録』以降の文献資料には、市河荘の存在は確認されておらず、その後の変遷は不明です。

初期の市河荘の正確な領域は解明されていませんが、田地が集中する巨摩郡に中枢があったと考えられ、現在の市川三郷町域に推定されています。一方で、磯貝正義は中央市から昭和町付近を中心に、甲府市南部から市川三郷町市川大門地区までが含まれる可能性を指摘しており、ラインハルト・ツェルナーは地図上で荘域の復元を試みています。

当初の在地領主は不明ですが、平安時代後期には院の勢力が衰退し、大治5年（1130年）には常陸国から源義清・清光親子が配流され、市河荘を甲斐における勢力基盤としました。義清を祖とする甲斐源氏は、その後甲府盆地の各地に進出しました。治承・寿永の乱においても、甲斐源氏の挙兵に従う武士の中に、市河姓の人物が見られ、市河荘との関係が考えられます。源義清は、久安5年（1149年）に市河荘で死去しましたが、義清の本拠地は西八代郡市川三郷町の平塩岡とする説と、中巨摩郡昭和町西条の義清神社とする説があります。

中世の市河荘は、法勝院目録の市河荘を継承したものと考えられていますが、中世には中枢部に新たに鎌田荘が成立したため、荘域が再編成されたと考えられています。「市河」の地名が示す地域も、市川三郷町の市川大門地区から同町三珠地区に南遷しました。ラインハルト・ツェルナーは、鎌田荘は義清親子によって市河荘の中心部が開発され、摂関家に寄進されたものであると述べています。室町時代から戦国時代にかけて、荘園領主は不明で実態は失われていたと考えられていますが、「市河」の地名が存続していたことを示す文書は残されています。

脚注

市河氏は、市河荘を起源とする武士団です。

参考文献

秋山敬「市河荘」『甲斐の荘園』（平成15年、甲斐新書刊行会）
* 中込律子「甲斐国の荘園公領制」『山梨県史』通史編1原始・古代 第八章第二節

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