巨摩郡

巨摩郡（こまぐん）

巨摩郡は、かつて山梨県に存在した郡です。その領域は、現在の韮崎市、南アルプス市、北杜市、甲斐市、甲府市の一部、中央市の一部、そして中巨摩郡、南巨摩郡の一部に相当します。この広大な地域は、甲斐国を東西に分けた際の西部にあたり、甲府盆地と南アルプス地域を含む南北に長い形状をしていました。

郡域の変遷

古代には「巨麻郡」とも表記され、中世以降に「巨摩」の表記が定着しました。甲斐国は近世まで4つの郡で構成されていましたが、巨摩郡はその中で最大の面積を誇っていました。郡域は、後の北巨摩郡、中巨摩郡の荒川以西、そして南巨摩郡の富士川以西の地域に広がっていました。

北部は信濃国（現在の長野県）と接し、東は山梨郡、八代郡と、西と南部は駿河国（現在の静岡県）と接していました。郡内には八ヶ岳や茅ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、北岳などの山々がそびえ、釜無川が南流し、御勅使川などの河川と合流して富士川へと注いでいます。

郡名の由来

郡名の由来には諸説あります。

駒説: 古代に多くの牧場があり、良馬（駒）を産出したことに由来するという説。江戸時代の地誌類で有力とされていました。
高麗説: 668年の高句麗滅亡後、日本へ帰化した高句麗人にちなむという説。上代特殊仮名遣の研究から、こちらの説が有力視されています。この説では、高句麗系渡来氏族である大狛連（狛造）の本貫地にも「巨麻」が当てられていることが根拠とされています。

ただし、万葉仮名の読みの分類からは、両説の妥当性には異論もあります。

立評と古代の巨摩郡

『和名類聚抄』には、等力、速見、栗原、青沼など9つの郷が記録されています。このうち、等力と栗原は飛び地であり、後に青沼郷とともに山梨郡に編入されました。また、市川郷の一部も八代郡に編入されています。

古代の甲斐国は馬産が盛んで、特に巨摩郡には真衣野牧、穂坂牧、柏前牧の三御牧が設置され、朝廷に駒を貢納していました。巨摩郡には、高句麗からの渡来人が移住したと考えられており、積石塚などの渡来人特有の墓制が残っています。これらの積石塚は、甲府盆地の北縁や山裾に分布しており、特に大蔵経寺山古墳群の積石塚は5世紀にまで遡るとされています。

また、同時期には、信濃国北部の高井郡でも積石塚が見られ、甲斐・信濃の地域間での交流があったと考えられています。巨摩郡のうち積石塚が分布する地域は、縄文・弥生時代の遺跡が少ないことから、渡来人が関与して新しく開拓された地域である可能性が指摘されています。

磯貝正義は、栗原郷・等々力郷が飛び地であることから、山梨郡の豪族が渡来人を使い牧場経営を行ったとする説を提唱しています。一方、末木健は、天狗沢瓦窯跡から出土した高句麗系軒丸瓦に着目し、寺院建立のため渡来系工人集団が立郡に関わった可能性を示唆しています。

その後、巨摩郡における渡来人の足跡は途絶えますが、『続日本紀』によれば、716年に甲斐を含む東国の高麗人が武蔵国へ移され、高麗郡が置かれたとあります。このことから、巨摩郡の渡来人の中核集団が移住した可能性も考えられています。

中世以降の巨摩郡

巨摩郡における荘園の記録として最も古いものは、969年の市河荘です。市河荘は、甲斐国で最も早く成立した荘園の一つとされています。中世には、甘利荘、逸見、加々美荘など多くの荘園が成立し、小笠原、逸見、武川などの牧や、藤井、杣などの保も設けられました。平安時代後期には、常陸国から流罪となった源義清・清光親子が市河荘に土着し、その子孫が甲斐源氏として勢力を拡大しました。甲斐源氏からは、武田氏、逸見氏、一条氏など、多くの氏族が分出しました。

近世には、甲州街道沿いの韮崎宿、台ヶ原宿、教来石宿が整備され、佐久往還も開通しました。富士川水運による廻米輸送も行われました。

1878年、郡区町村編制法によって巨摩郡は分割されることになり、北巨摩郡、中巨摩郡、南巨摩郡の3郡に分かれて消滅しました。

近世以降の沿革

明治初期には、市川代官所、甲府代官所、田安徳川家領の支配下にありました。1868年には、田安徳川家が田安藩となり、甲府代官所・市川代官所の管轄地はそれぞれ府中県・市川県の管轄となりました。その後、甲斐府の管轄を経て、1871年に山梨県となりました。

1878年、郡区町村編制法の施行により、巨摩郡は北巨摩郡、中巨摩郡、南巨摩郡に分割され、その歴史を終えました。

脚注

参考文献

「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 19 山梨県』角川書店、1984年9月1日。ISBN 4040011902。
旧高旧領取調帳データベース
原正人「巨麻郡と渡来人」『山梨県史通史編1原始・古代』第5章第2節

関連項目

国中地方
* 消滅した郡の一覧

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