布衣

江戸幕府の服制と旗本の格式を示した「布衣」

江戸時代、日本の男性用着物の中でも特に重要な位置を占めていたのが「布衣（ほい）」です。これは、江戸幕府が定めた服制における、旗本下位の者が着用する礼装用の着物でした。現代でいうところのフォーマルな服装に相当します。

布衣の特徴は、紋様や地紋のない無地の狩衣である点です。狩衣は、平安時代から貴族階級が着用していた衣服ですが、布衣は質素で装飾のないものが選ばれていました。この簡素さが、当時の身分制度を反映していたと考えられます。

幕府による服制の制定は、元和元年（1615年）に遡ります。この服制において、旗本の中でも下位の者が布衣を着用することが定められました。興味深いことに、幕府から布衣の着用を許された旗本は、六位相当の叙位者と見なされました。これは、正式な叙位手続きを経なくても、布衣の着用によって一定の身分と地位が認められたことを意味します。

布衣の着用が許される旗本と、そうでない旗本とでは、明確な身分格差がありました。従五位下以下の旗本は「布衣」を着用し、これより上位の旗本（従四位以上）はより格の高い礼装を着用しました。従五位下の旗本は「諸大夫（しょだいぶ）」と呼ばれていました。

布衣の着用は、単なる服装の習慣にとどまりませんでした。それは、江戸幕府における旗本の身分と格式を示す重要な指標でもあったのです。布衣を着用できるということは、幕府から一定の地位を認められたことを意味し、社会的なステータスを示すものでした。

一方、布衣を着用することを許されなかった旗本は「平士（へいし）」と呼ばれ、布衣を着用する旗本と比べて低い身分と見なされていました。三千石以上の寄合席の旗本は、本来布衣相当とみなされていましたが、それでも布衣を着用できない旗本は平士として扱われました。

布衣の歴史を辿ると、平安時代の中流階級の都人がおしゃれ着として着用していた「布衣（ほうい）」にまで遡ります。その後、貴族の狩衣へと発展していき、無模様で裏地のない質素な狩衣が「布衣」と呼ばれるようになりました。江戸時代になり、この布衣が幕府の服制に取り入れられ、旗本の礼装として定着したのです。

このように、布衣は平安時代から江戸時代へと時代を超えて、その姿を変えながら、人々の生活や社会制度に深く関わってきた衣服です。布衣という一見シンプルな着物が、当時の社会構造や身分制度を如実に反映している点が興味深いと言えるでしょう。

布衣に関する更なる理解を深めるためには、『徳川旗本総覧』や村上直監修「旗本ものしり事典」（別冊歴史読本）などの参考文献を参照することが有効です。これらの文献は、江戸時代の旗本社会や服制に関する詳細な情報を提供しており、布衣の役割や位置づけをより深く理解する上で役立ちます。

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