平野丸

平野丸（ひらのまる）

平野丸は、1908年（明治41年）に三菱造船所で建造された日本郵船の貨客船です。欧州航路用に設計され、当時としては大型の8000総トン、速力15ノットを誇りました。同型船には、加茂丸、三島丸、宮崎丸、熱田丸、北野丸があり、全てが神社にちなんだ名前が付けられていました。この命名方法は、後の日本郵船の欧州航路貨客船にも受け継がれていきます。

建造の背景

1896年（明治29年）、日本郵船は横浜とロンドンを結ぶ欧州航路を開設しました。当初は中古船を使用していたものの、すぐに新造船を投入し、航路の拡充を図りました。日露戦争で船舶を喪失したことを機に、欧州航路の刷新を計画し、その一環として建造されたのが平野丸を含む賀茂丸級の6隻でした。当時、大西洋航路では大型客船が主流になりつつありましたが、極東と欧州間の貿易量などを考慮し、日本郵船は段階的に船を大型化する方針を採っていました。

平野丸の建造は1906年（明治39年）に始まり、1908年（明治41年）に竣工しました。しかし、試運転中には、作業員が乗った小舟がスクリューに巻き込まれ、死傷者を出す事故も発生しています。

運用と第一次世界大戦

1908年12月に竣工した平野丸は、欧州航路に就航しました。多くの乗客を運び、与謝野晶子もフランスからの帰国時に乗船し、船上で短歌を詠んだと伝えられています。

1914年（大正3年）に第一次世界大戦が勃発すると、日本も連合国側として参戦し、日本商船はドイツ潜水艦の攻撃対象となる危険性が高まりました。しかし、日本郵船は軍需輸送や輸出拡大の好機と捉え、国家への責任から欧州航路の運航を継続しました。1915年（大正4年）には新鋭船「八坂丸」がUボートにより撃沈され、日本郵船はスエズ運河経由の航路を喜望峰経由に変更しました。

1917年（大正6年）になると、ドイツが無制限潜水艦作戦を宣言し、欧州航路の日本商船は自衛用の火砲を搭載し、迷彩塗装が施されるようになりました。危険海域では連合国軍艦艇の護衛を受けるようになりましたが、それでも、姉妹船である「宮崎丸」や「常陸丸」など、多くの日本商船が撃沈されています。

沈没

1918年（大正7年）10月1日、平野丸は護送船団に加わり、アメリカ海軍の駆逐艦「スタレット」に護衛され、リヴァプールから日本に向けて出航しました。10月4日、アイルランド沖を航行中にドイツのUボートによる攻撃を受け、魚雷2発が命中。わずか7分で沈没しました。この時、乗客97名、乗員143名が乗船していましたが、救助されたのはわずか30名で、船長を含む210名が犠牲となりました。これは、第一次世界大戦中に戦没した日本商船の中で最大の死者数でした。夜間の強風下での短時間での沈没と、海水温の低さが人的被害を大きくした要因と考えられています。

戦後と慰霊

第一次世界大戦後、日本郵船は平野丸などの代船として、箱根丸などH型貨客船を建造しました。また、大きな犠牲を払いながらも欧州定期航路を維持したことで、戦後の海運アライアンスで権益を強化することができました。

1919年（大正8年）には、平野丸、常陸丸、宮崎丸の犠牲者を弔うため、横浜市鶴見区の總持寺に慰霊碑が建立されました。この碑は関東大震災で倒壊しましたが、再建され、現在も平野丸が沈没した10月4日に慰霊祭が行われています。また、同じ總持寺には、日本郵船の調理要員の労働組合が建立した慰霊碑も存在します。

平野丸の乗船者の遺体は、沈没後、ウェールズ南部の海岸にも流れ着きました。地元住民の手により手厚く葬られ、慰霊碑が建てられましたが、老朽化したため、沈没から100年となる2018年10月4日に新しい慰霊碑が建てられました。

平野丸の悲劇は、戦争の悲惨さを物語るだけでなく、当時の海運業界の状況や、人々の不屈の精神を伝えるものとして、現代に語り継がれています。

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