平野弥十郎

平野 弥十郎

平野 弥十郎（ひらの やじゅうろう、1823年3月10日 - 1889年10月6日）は、江戸時代後期から明治時代にかけて活動した日本の実業家。その生涯は、江戸の下駄商人から始まり、幕末・明治初期の日本の近代化を推し進めた大規模な土木・建築事業を請け負う請負人へと大きく変化しました。

人物概要と経歴

弥十郎は文政6年（1823年）、江戸の浅草で雪踏仲買商を営む飯田家に生まれました。幼名は源八郎。若い頃は、質素な下駄を安価に販売することで生計を立てていたと言われています。天保14年（1843年）には、江戸京橋の雪踏下駄商である平野家の婿養子となり、平野弥一（または弥市）を二代目として襲名し、家業を継承しました。

土木請負人としての活躍

彼のキャリアが大きく転換するのは、20代後半頃からです。土木工事の請負業に進出し、その才能を開花させます。特に注目されるのは、31歳だった嘉永7年（1854年）に手掛けた、薩摩藩の芝田町屋敷台場（現在の品川台場の一部）の築造工事です。この難工事を見事に完成させたことで、請負人として一躍その名を知られるようになりました。

その後も、日本の近代化を象徴する重要な事業に次々と参画します。安政5年（1858年）には神奈川台場の工事を請け負い、幕末期の慶応元年（1865年）には、近代的ホテルとして知られる築地ホテル館の建築にも携わりました。そして、明治維新後の明治2年（1869年）には、日本の鉄道網の起点となる東京・横浜間鉄道敷設における難工事、特に海上への築堤が必要とされた高輪築堤の建設を担うなど、交通インフラ整備や国際交流の基盤となる大規模プロジェクトでその手腕を発揮しました。

晩年の活動

明治5年（1872年）、49歳になった弥十郎は開拓使の御用係を拝命し、この頃に名を弥十郎と改めました。約3年間の開拓使勤務の後、一度官職を辞し、東京田町で新聞売捌店を開業するなど、異なる事業にも挑戦しています。しかし、その後約一年間神奈川県庁に勤務した後、56歳となった明治12年（1879年）、再び官職に戻ります。札幌にある開拓使工業局の土木課と営繕課を兼務する形で職務に就き、北海道の開拓事業にも貢献しました。

札幌に移った翌年にはキリスト教の信仰を持ち、地元の札幌独立基督教会の活動にも積極的に参加するなど、精神的な側面でも新たな道を歩みました。60歳からは3年間、農務省の北海道事業管理局札幌工業事務所で技手として勤務しています。晩年には、四男の伊藤一隆が会頭として設立した札幌禁酒会の役員を務めるなど、社会活動にも関わり、明治22年（1889年）に66歳でその生涯を閉じました。

家族と後世

家族としては、前述の通り四男に伊藤一隆がいます。また、次女の千代は教育者である大島正健と結婚しました。弥十郎の血筋は後世にも受け継がれており、翻訳家・推理作家として知られる松本恵子は孫にあたります。さらに、現代のタレントである中川翔子は来孫にあたるなど、多様な分野で活躍する子孫がいます。

平野弥十郎を扱った作品

* 梶よう子『我、鉄路を拓かん』PHP研究所、2022年
高輪築堤の建設工事を背景にした歴史小説で、平野弥十郎の請負人としての活躍が描かれています。

平野弥十郎は、江戸時代の下駄商人から近代日本の礎を築く土木事業に深く関わった異色の経歴を持つ人物であり、その技術力と経営手腕は、激動の時代における日本の発展に重要な足跡を残しました。

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