広末保

廣末保：近世文化を鮮やかに照射した研究者

廣末保（ひろすえ たもつ、1919年12月18日 - 1993年10月26日）は、近世文学研究者にして演劇評論家として、日本の近世文化研究に多大なる貢献を果たした人物です。法政大学教授として長年にわたり教鞭を執り、その鋭い洞察力と独自の視点で、近世文学、とりわけ近松門左衛門、松尾芭蕉、井原西鶴といった巨匠たちの作品を深く掘り下げました。さらに、土佐の画家・弘瀬金蔵（絵金）や歌舞伎作家・鶴屋南北といった、従来の研究ではあまり注目されてこなかった分野にも光を当て、近世文化の多様な側面を明らかにしました。

高知市に生まれた廣末は、旧制高知高等学校を経て東京帝国大学文学部国文学科を卒業。戦後、日本文学協会での活動を経て、1955年に発表された『元禄文学研究』で早くも注目を浴びます。この著作は、彼の研究者としてのキャリアの端緒となり、その後も精力的に研究と執筆を続けました。

廣末の研究の特徴は、柳田國男や折口信夫ら民俗学の先駆者の影響を強く受けている点にあります。彼は、単に文学作品をテキストとして分析するだけでなく、当時の社会や文化、民衆の生活といった文脈を重視しました。「悪場所」とされた遊廓や芝居小屋を、近世社会における民衆のエネルギーの奔流が渦巻く空間と捉え、独自の視点から近世文化を読み解いた『悪場所の発想』は、その後の近世文化研究に大きな影響を与え、彼の代表作として広く知られています。この著作において、彼は近世の遊廓や芝居小屋といった、当時「悪場所」と呼ばれた空間を、単なる社会の負の側面としてではなく、民衆の欲望やエネルギーが爆発する場、創造性が生まれる場として捉え直しました。それは、近世社会の抑圧されたエネルギーが、こうした空間を通じて解放され、新たな文化を生み出していったという、斬新な視点に基づくものでした。

1948年から1990年まで法政大学に在籍し、教授職を務めた廣末は、数多くの弟子を育成しました。その中には、後に『江戸の想像力』を著すなど、近世文化研究において重要な役割を果たすことになる田中優子も含まれます。

廣末は、1980年代後半に起こった「江戸ブーム」に対しては批判的な立場をとりました。民衆のエネルギーという彼の発想が、「庶民も幸せだった」という単純化されたイメージにすり替えられてしまったことを危惧したからです。彼は、近世社会の抑圧と矛盾、そしてその中から生まれた民衆の創造性という複雑な現実を、より深く理解する必要があることを訴え続けていました。

彼の著作は多岐に渡り、『近松序説 近世悲劇の研究』、『芭蕉』、『西鶴の小説 時空意識の転換をめぐって』など、近世文学の様々な側面に光を当てた名著が数多くあります。また、『四谷怪談 悪意と笑い』のように、大衆演劇を対象とした研究も行っており、近世文化への幅広い関心を示しています。晩年には『広末保著作集』全12巻が出版され、その研究成果は後世へと引き継がれています。

廣末保の研究は、近世文学の新たな解釈を提供するだけでなく、現代社会を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。彼の鋭い洞察力と、民衆の視点に立った研究は、これからも多くの研究者や読者に影響を与え続けるでしょう。

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