座頭市 (1989年の映画)

勝新太郎最後の座頭市：1989年、バブル景気と撮影事故が影を落とした大作

1989年2月4日、松竹配給により公開された映画『座頭市』。勝新太郎が主演を務めた最後の座頭市シリーズ作品であり、彼自身、脚本、製作、監督の三役を兼任した意欲作として知られています。

当時の日本社会はバブル景気に沸き、映画業界への投資も盛んでした。本作も、三倶という企業からの制作依頼をきっかけに、松竹の配給体制の下で企画が立ち上がりました。しかし、この華やかな背景とは裏腹に、制作現場では数々の困難が待ち受けていました。

物語：盲目の按摩と宿場町の抗争

物語は、十手持ちをからかった罪で牢入りした盲目の按摩、座頭市が、知り合いの儀肋を頼って銚子の漁村に辿り着くことから始まります。この漁村では、八州取締りと結託して勢力を拡大しようとする極道・五右衛門一家が、地域を牛耳っていました。

市は、牢で知り合った鶴と再会し、五右衛門一家と対立。女親分である菩薩のおはんの仲裁で一件落着しますが、その後も五右衛門一家の刺客たちと幾度も対決することになります。旅の途中で出会った凄腕の浪人と意気投合し、孤児を育てる少女おうめと心を通わせる市ですが、五右衛門一家との抗争は、宿場町を巻き込む大規模な騒動へと発展していきます。赤兵衛一家という勢力との複雑な駆け引き、そして、宿場町を舞台にした壮絶な戦いが、クライマックスへと物語を導いていきます。

制作：困難と事故に見舞われた撮影

勝新太郎は、長年共に作品を作り上げてきた中村努、真田正典、南野梅雄といったスタッフを起用しました。しかし、脚本の何度も書き直しによる制作期間の長期化、旧大映京都撮影所の閉鎖による東京での撮影、スケジュール調整の困難、そして、美術デザイナーによる莫大な予算を要した巨大な博打場のセット建設など、制作現場は様々な問題に直面しました。

勝新太郎のワンマン体制によるアドリブ主体の演出は、旧来のスタッフには理解されていても、新規スタッフには戸惑いを生じさせ、撮影の円滑な進行を阻害しました。全国各地を転々としたロケ撮影も、勝新太郎の意向による急な変更や中断など、困難を極めました。例えば、片岡鶴太郎はロケの変更により、レギュラー番組出演を休むことになったほどです。

みろくの里セット：宿場町の再現と悲劇

物語のクライマックスとなる大立ち回りの撮影のため、広島県福山市に総工費3億円をかけて江戸時代の宿場町を再現した大規模なオープンセットが建設されました。6ヶ月もの歳月をかけ、3000人の人々が40棟もの建物を建設し、風雪に耐えたような風合いを出すため、細部までこだわった作り込みがなされました。

しかし、このセットでの撮影中に、悲劇が起きます。1988年12月26日、殺陣のリハーサル中、五右衛門役の奥村雄大（勝新太郎の長男で映画デビュー作）が持っていた日本刀が、子分役の俳優に刺さり、死亡事故が発生しました。この事故は大きな社会問題となり、映画界の安全対策の不備が改めて問われることとなりました。

公開：事故と逆境を乗り越えて

撮影事故と公開延期という危機を乗り越え、1989年2月4日にようやく公開された『座頭市』。事故報道という逆境は、皮肉にも大きな宣伝効果となり、シリーズ最大の観客動員と配給収入を記録しました。勝新太郎の強烈な個性と、制作現場の困難、そして悲劇的な事故を乗り越えて完成したこの作品は、日本映画史において特異な存在感を放ち続けています。

日本俳優連合と安全対策

本作での死亡事故をきっかけに、映画撮影時の安全対策が業界内で大きな問題となりました。日本俳優連合は、安全対策や保険への加入を取り扱う「殺陣対策委員会」（現：アクション部会）を設立し、業界全体の安全意識向上に貢献しました。

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