弓削氏

弓削氏（ゆげうじ）

弓削氏は、「弓削」を氏の名とする古代氏族です。古代において弓を製作する弓削部（ゆげべ）を統率した氏族であり、複数の系統が存在します。これらの系統は、それぞれ異なる祖先伝承や根拠地域を持っています。

系統

弓削氏には複数の系統があり、各時代に現れる人物がどの系統に属するかを特定することは困難です。しかし、9世紀初頭に編纂された『新撰姓氏録』によれば、主に以下の3つの系統が存在したとされています。

天神系: 高魂尊（たかみむすびのみこと）の後裔である天日鷲翔矢命（あめのひわしかけるやのみこと）の子孫を称する系統で、弓削部の総領的な伴造（とものみやつこ）でした。姓（かばね）は連（むらじ）でしたが、嫡流は天武天皇の時代に朝臣（あそん）に改姓しました。
天孫系（物部流）: 物部氏の一族で、物部守屋（もののべのもりや）が弓削大連（ゆげのおおむらじ）と称したことが始まりとされています。その子孫が弓削氏を称しました。この系統からは、道鏡（どうきょう）とその弟である弓削浄人（ゆげのきよひと）が出ています。道鏡が孝謙上皇（称徳天皇）の信任を得たことで、この兄弟の一族は著しく優遇され、弓削浄人を筆頭に多くの者が高位に昇りました。これまで連であった姓は、浄人らが弓削御浄朝臣（ゆげのみきよあさおみ）、その他は弓削朝臣、弓削宿禰（ゆげのすくね）に改められました。しかし、道鏡の失脚とともに、姓は元の連などに戻され、一部の者のみ弓削宿禰のまま五位に留まりましたが、その地位を次代に引き継ぐことはできませんでした。
* 地祇系: 天押穂根命（あめのおしほねのみこと）が手を洗った水から生まれたとされる禰伎都麻（ねきつま）を祖とする系統です。

物部氏との関係

河内国（現在の大阪府東部）を本拠地とした弓削氏は、物部氏の本拠地と地理的に近く、職掌も類似していたため、関係が深いと考えられています。ただし、物部氏とは別の一族とする説と、物部氏の傍系とする説が存在します。

平安時代初期の『先代旧事本紀』には、物部尾輿（もののべのおこし）が弓削連の祖である倭古連（やまとこのむらじ）の娘、阿佐姫（あさひめ）と加波流姫（かはるひめ）を妻としたという記述があります。また、尾輿と阿佐姫の子である守屋は弓削大連と名乗りました。『日本書紀』でも、守屋は物部弓削守屋と呼ばれることがあり、その理由として母方の氏の名を取ったとするのは自然な解釈です。

しかし、孝謙上皇が天平宝字8年（764年）に出した宣命には、道鏡が先祖の大臣の地位を継ごうとしているから退けるようにと語る箇所があり、この大臣は物部守屋を指していると考えられます。このことから、河内の弓削氏が物部守屋の子孫であるという認識があったことが伺えます。

『日本書紀』によると、物部守屋が滅亡した際、守屋の子は逃げ散り、奴婢の半数と宅は四天王寺に与えられました。10世紀頃に成立したとされる『四天王寺古縁起』には、その内容が記されており、領地の中に弓削という地名があり、守屋の子孫従類が弓削5村に住んだとされています。これも、守屋の子孫が弓削氏に連なるという説を傍証するものです。

吉備弓削氏

吉備国（現在の岡山県）には、吉備弓削部虚空（きびのゆげべのそら）という人物がいました。備前国（現在の岡山県東部）には、饒速日命（にぎはやひのみこと）の子孫である物部氏が関係する石上布都魂神社（いそのかみふつみたまじんじゃ）があり、この近隣には様々な職能集団が形成されました。その中の一つに、現在の岡山県久米郡久米南町に「弓削」という地名があります。浄土宗の開祖である法然（ほうねん）の両親が参籠したとされる美咲町の本山寺（ほんざんじ）を天永元年（1110年）に開いた人物として、「弓削師古（ゆげもろこ）」という記述が見られます。久米南町の蓮久寺（れんきゅうじ）は、菩提寺として建立されたと伝えられています。

河内弓削氏の分布

現在の大阪府八尾市には、大和川の旧河道を挟んで旧志紀郡に弓削、旧若江郡に東弓削の地名があります。江戸時代に大和川が付け替えられたため、現在は長瀬川が流れていますが、古代にはこちらが大和川の本流でした。これに対応して、川を挟んで二つの弓削神社が現存しています。奈良時代には弓削寺（ゆげでら）も存在し、称徳天皇が参拝しましたが、現在は存在せず、位置も不明です。

道鏡の弟である弓削浄人は河内国若江郡の出身でしたが、弓削氏は河内国内でもう少し広く分布していたようです。天平宝字8年（764年）には渋川郡加美郷に弓削広足、伯麻呂という人物がおり、神護景雲3年（769年）10月30日に称徳天皇が下した恩恵では、大県郡と若江郡の田租が全免、安宿郡と志紀郡が半免と差がありました。

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