弓月君

弓月君（ゆづきのきみ）

弓月君（生没年不詳）は、古代日本において秦氏の祖と伝えられる伝説的な渡来人です。その名は「ユツキ」や「ユンヅ」とも呼ばれます。応神天皇の時代に朝鮮半島の百済から多くの人々を率いて日本に渡来し、山城国葛野郡太秦（現在の京都市右京区）周辺を拠点に、近畿地方一帯に強大な勢力を築いたとされています。

渡来の経緯

『日本書紀』によると、応神天皇14年、弓月君は百済から来朝し、窮状を訴えました。彼は120県の民を率いて日本への帰化を希望していましたが、新羅の妨害により実現しませんでした。そこで、葛城襲津彦の助けによって、弓月君の民は一旦加羅に引き取られることになります。しかし、3年が経過しても葛城襲津彦は民を連れて帰還しませんでした。この事態を受け、応神天皇16年8月、平群木菟宿禰と的戸田宿禰が率いる精鋭部隊が加羅に派遣され、新羅国境に展開しました。この牽制が功を奏し、弓月君の民は無事に日本に渡来することができました。

秦氏との関係

『新撰姓氏録』には、秦氏は秦の始皇帝の子孫であるとの記述があります。これは、秦氏が自らの権威を高めるために、中国の王朝の名を利用したという説もあります。また、『日本書紀』によると、弓月君は百済の120県の民を率いて帰化したとされています。さらに、孝武王の子である功満王が仲哀天皇8年に来朝し、その子である融通王が別名・弓月君であり、応神天皇14年に来朝したとも伝えられています。渡来後の弓月君の民は養蚕や絹織物に従事し、その絹織物は柔らかく、肌のように暖かいことから、「波多」の姓を賜ったという説話も残されています（山城國諸蕃・漢・秦忌寸の項では、仁徳天皇の時代に波多姓を賜ったとされています）。その後、子孫は氏姓に登呂志公、秦酒公を賜り、雄略天皇の時代には禹都萬佐（太秦）を与えられたと記録されています。元慶7年12月（884年1月）、秦宿禰永原、秦公直宗、秦忌寸永宗、秦忌寸越雄、秦公直本らは、惟宗朝臣の氏姓を賜りました。

考証

弓月君の子孫は、葛野秦氏をはじめとする各地の秦氏へと繋がります。彼らは天皇家に協力し、朝廷の設立や山城国などの開発に大きく貢献したとされています。雄略天皇の時代には、秦酒公が離散していた一族を再結集させ、確固たる勢力を築いたとされています。

「弓月」の朝鮮語の音訓が、百済の和訓である「くだら」と同音・同義であることから、「弓月君」＝「百済君」と解釈する説があります。また、『日本書紀』における弓月君が百済の120県の人民を率いて帰化したという記述も、この説を補強するものです。さらに、「ハタ」（古くはハダ）という読みについては、朝鮮語の「パダ（海）」に由来するという説や、機織り、新羅の波旦という地名と結び付ける説があります。佐伯有清によれば、秦の始皇帝の苗字は秦氏ではなく、新羅系の渡来氏族が渡来したとされています。しかし、『新撰姓氏録』が書かれた815年頃には、古書において辰韓が中国王朝から秦韓と呼ばれていたことから、弓月君は秦の始皇帝の末裔であると誤解されたという見方もあります（笠井倭人、佐伯有清）。

『宋書』倭国伝には、通称「倭の五王」の一人である珍が元嘉15年（438年）に、「使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」を自称したと記されています。この記述は、秦韓を一国として他の国々と区別して扱っていたことを示しています。その後の倭王である済、興、武の記事にも秦韓が登場することから、弓月君の帰化の伝承は、この秦韓の歴史と深く関連している可能性も指摘されています。

参考文献

熊田葦城『日本史蹟大系, 第 11 巻』平凡社、1935年。

関連項目

秦氏
辰韓
渡来人

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