弥子瑕

弥子瑕とその教訓：君主の寵愛と政治の現実

中国戦国時代の衛という国には、霊公という君主がいました。霊公は弥子瑕という男性を寵愛していました。弥子瑕は、霊公の寵愛を背景に、ある行動をとることになります。この物語は、韓非子が著した『韓非子』の説難篇に記されており、君主に意見を述べる際の心得を説明する上で重要な教訓として用いられています。

当時、衛の国では、霊公の馬車に無断で乗ることは厳しく禁じられており、足斬りの刑に処せられていました。ある時、弥子瑕の母親が病気になったとの知らせが届きます。弥子瑕は、霊公の許可を得ることなく、霊公の馬車を使って母の元へ急ぎました。この行動は、本来であれば死罪ものだったでしょう。しかし、霊公は弥子瑕の親孝行を深く喜び、処罰しませんでした。霊公の寵愛が、弥子瑕を死の危機から救ったのです。

別の出来事では、霊公と弥子瑕は果樹園に出かけました。そこで、甘くおいしい桃を食べたのですが、弥子瑕は霊公に半分だけを差し出しました。霊公は、弥子瑕の気遣いと愛情を感じ、この行為を称賛しました。これもまた、霊公の寵愛によって、本来は非礼にあたる行為が許された例と言えるでしょう。

しかし、時の流れとともに、弥子瑕の美貌は衰え始め、霊公の寵愛も薄れていきました。やがて、霊公の寵愛を失った弥子瑕は、かつて霊公の馬車に無断で乗ったこと、そして桃を半分だけ霊公に差し出したことを理由に、処罰されることになります。

韓非子は、この弥子瑕の物語、「余桃の罪」を例に挙げて、君主に意見を述べる際には、君主の心情を的確に読み取る必要があると説いています。霊公の寵愛を受けていた時は許された行為も、寵愛を失った後は罪として裁かれる。この物語は、権力者の気分や立場によって、同じ行為の評価が大きく変わることを示しています。

『春秋左氏伝』によると、衛の大夫である史魚は、霊公に対し弥子瑕を遠ざけ、賢臣である蘧伯玉を重用するよう進言しました。そして、史魚が亡くなった後、その進言は実現したと伝えられています。この史魚の行動は、弥子瑕という寵臣の排除が、国家の安定にとって必要だったことを示唆していると言えるでしょう。

弥子瑕の物語は、単なる寵愛の物語ではありません。君主の寵愛という不安定な基盤の上に築かれた関係が、いかに脆く、そして危険なものかを物語っています。また、政治の世界においては、君主の機嫌や感情を的確に読み取り、それに応じた行動をとることが、いかに重要であるかを示す教訓としても、現代においても学ぶべき点が多いでしょう。

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