弦楽三重奏曲第1番 (ベートーヴェン)

弦楽三重奏曲第1番 変ホ長調 作品3

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した《弦楽三重奏曲第1番 変ホ長調 作品3》は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという編成のために書かれた初期の重要な作品です。全6楽章という構成を持ち、当時のディヴェルティメントの形式を取り入れています。

作曲背景

本作の構想は、ベートーヴェンが故郷ボンに暮らしていた頃に遡ると考えられています。具体的な作曲時期については複数の説があります。イギリスのアマチュア音楽家であったウィリアム・ガーディナーは、自身が初めてベートーヴェン作品をイギリスに紹介したと主張しており、それが1794年に彼自身がヴィオラを演奏した本作であったと証言しています。ガーディナーによる年号の記述には一部不明瞭な点がありますが、1794年のボンへのフランス軍侵攻に伴う国外退避が作品のイギリス伝播の契機になったという説から、ベートーヴェンがボンを離れる1792年頃に作曲された可能性が示唆されています。一方、研究者のスティーヴン・ドウは、ベートーヴェンがウィーンに移り、ハイドンやアルブレヒツベルガーに師事した後の1795年に完成されたと見ています。

本作は1797年にウィーンの出版社アルタリアから出版され、当時のパトロンであったヨハン・ゲオルク・フォン・ブロウネ＝カミュ伯爵夫人へと献呈されました。

曲の構成は2つのメヌエットを含む全6楽章で、ディヴェルティメントの形式を踏襲しています。これは、モーツァルトが1788年に作曲し、1792年にアルタリアから出版された同形式の《ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563》をモデルにした可能性が指摘されています。両作品は調性や楽章数が一致していますが、ベートーヴェン作品へのモーツァルトの影響がそれほど顕著ではないとする見方もあります。

楽曲構成

本作は以下の6つの楽章で構成されています。

第1楽章

Allegro con brio 4/4拍子 変ホ長調、ソナタ形式。シンコペーションのリズムで和音を繰り返す、管弦楽的な響きを持つ第一主題で始まります。これに続いて、下降する音型による歌謡的な楽節が現れます。三連符による経過部を経て第二主題が提示されますが、ここではヴィオラが休み、チェロが伴奏を担います。提示部の繰り返し後、展開部が始まります。この展開部は規模が大きく、途中でヘ短調による変則的な第一主題の再現が現れますが、これはまだ展開部の半ばに過ぎません。展開部後半では三連符の動きが活発に用いられ、徐々に静まって再現部へ移行します。再現部では両主題が再現され、第一主題の要素を用いたコーダを経て、力強く楽章を閉じます。

第2楽章

Andante 3/8拍子 変ロ長調、ソナタ形式。休符が音符と同様に重要な役割を果たす主題で始まります。第二主題はトリルが特徴的です。短い結尾楽句が置かれた後、提示部が繰り返されます。展開部はソナチネ程度の規模で、主に最初の主題を用いて展開されます。再現部では提示部と異なる形で主題が現れ、ヴァイオリンに続くヴィオラにはヴァイオリンの装飾的な楽想が絡みます。提示部と同じ結尾句を経て、ピッツィカートで静かに閉じられます。

第3楽章

Menuetto: Allegretto 3/4拍子 変ホ長調。最初のメヌエットです。メヌエット部は前半と後半がそれぞれ繰り返されます。トリオはより流麗な旋律によって進められ、ヴィオラの分散和音とチェロのピッツィカートがこれを支えます。トリオも前後半が繰り返された後、メヌエット冒頭に戻ります（メヌエット・ダ・カーポ）。

第4楽章

Adagio 2/4拍子 変イ長調。温かく、豊かな表情を持つ緩徐楽章です。先行する伴奏に乗って、ヴァイオリンが主題を提示します。楽器間で役割を交替させながら主題が進行します。次の主題はヴァイオリンとチェロの二重奏によって歌われます。最初の主題の再現はヴィオラとチェロで始まり、続く主題も再現された後、落ち着いた結尾で楽章を終えます。

第5楽章

Menuetto: Moderato 3/4拍子 変ホ長調。2つ目のメヌエットはモデラートの速度で演奏されます。冒頭は活気を持って進みます。ハ短調の中間部（ミノーレ）では、ヴィオラとチェロは伴奏に徹し、ヴァイオリンが高音域で旋律を奏でます。ミノーレは前半のみが繰り返され、後半の終了後、メヌエット冒頭へ戻ります（メヌエット・ダ・カーポ）。

第6楽章

Finale: Allegro 2/4拍子 変ホ長調、ロンド形式。対位法的な手法が効果的に用いられた、機知に富む終楽章です。冒頭に主要主題が現れます。最初のエピソードはヴァイオリンから提示され、ヴィオラに受け継がれた後、ヴァイオリンは軽妙な装飾を加えます。主要主題の再現を挟み、2つ目のエピソードが現れます。これは急速なハ短調の三連符で構成され、ヴァイオリンに続いた他の楽器もフガート風に加わり、対位法的な手法を凝らした展開が繰り広げられます。主要主題と最初のエピソードが再現された後、新しい要素（同音連打）を取り入れ、終結部では一時的にアダージョとなってから元のテンポに戻り、華やかに全曲を締めくくります。

編曲

本作からはいくつかの編曲版が知られています。

ピアノ三重奏曲（Hess 47）
1800年よりも前に、ベートーヴェン自身が本作の第1楽章をピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重奏に編曲しました。全曲をこの編成に編曲する意図があったようですが、残された草稿は第2楽章の途中で終わっており、この編曲作業への関心を失ったと推測されています。

チェロソナタ 作品64
この作品には、チェロとピアノのために編曲された版（作品64）も存在します。この編曲は1807年にアルタリアから出版されましたが、ベートーヴェン自身によるものではない可能性が高いです。研究者キース・アンダーソンは、出版譜の表紙の記載も、作曲者本人の関与を直接示すものではなく、曖昧な表現にとどまっていることを指摘しています。

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