弦楽四重奏曲第1番 (スメタナ)

ベドルジハ・スメタナが1876年の晩秋から冬にかけて作曲した弦楽四重奏曲第1番ホ短調は、彼の芸術家としての歩み、そして波乱に満ちた人生そのものを音で綴った、きわめて個人的な作品です。この曲に「わが生涯より」（チェコ語: Z mého života）という副題が付けられているのは、作曲者自身の内面や経験が色濃く反映されていることを示しています。

この作品が生まれたのは、スメタナが突発性の難聴によりほとんど聴力を失い、プラハでの活発な音楽活動から退いて、ヤブケニツェという村に隠遁していた時期でした。失意の中にありながらも、彼は創作への情熱を失わず、自身の人生を振り返り、その軌跡を音楽で表現しようと試みたのです。作曲は1876年10月頃に始まり、同年12月には完成に至りました。

楽曲は伝統的な4楽章構成ですが、その内容は非常に革新的で、当時の慣習にとらわれない表現が見られます。特に印象的なのは、第1楽章の開始部分です。通常はヴァイオリンが主導することが多い弦楽四重奏曲において、ここではヴィオラが比較的高音域で情感豊かな主旋律を奏で始めます。これは、この曲の持つ自叙伝的な性格と関連付けられることもあります。また、終楽章の結び近くに現れる、第1ヴァイオリンによるハーモニクスを使った持続的なホ音も非常によく知られています。この音は、スメタナが聴覚を失った後に自身を苦しめた耳鳴り、すなわち幻聴を音楽で象徴的に表現したものとされています（研究によっては、実際に聞こえていたのはイ長調の主和音であり、それを音高として表現したのがホ音であるとも言われています）。これらの個性的で大胆な音響は、作曲当時のスメタナの精神的な状態や聴覚障害という身体的な苦痛を聴き手に強く印象づけます。

しかし、この革新性が原因となり、完成した作品の初演には時間を要しました。当時の演奏家たちからは、特に第3楽章の技術的な難易度が高いことや、様式的に常軌を逸しているといった指摘があり、すぐには演奏を引き受ける者が見つからなかったのです。作品の完成から2年以上の月日が流れた1879年3月26日、ようやくスメタナの友人であるスルブ＝デブルノフ氏の自宅にて、関係者を集めて非公開の試演が行われました。この時、ヴィオラを担当した奏者の一人が、若きアントニン・ドヴォルザークだったことは今日では有名なエピソードです。公開初演は、その3日後の1879年3月29日にプラハで行われました。演奏を担ったのは、フェルディナント・ラハナー、アロイス・ネルーダ、ヤン・ペリカーン、ヨゼフ・クレハンという4名の奏者たちでした。彼らは、スメタナが聴覚を失う前に指揮者として活躍していたプラハ仮劇場のオーケストラで中心的な存在であり、恩義を感じていた彼らが初演という困難な役割を引き受けたと考えられます。この作品は、高名な作曲家フランツ・リストの耳にも届き、彼はその独創性と深さに熱狂的な賛辞を送ったと伝えられています。

「わが生涯より」という副題が具体的にどのような人生の出来事と結びついているのかは、スメタナ自身が1879年7月21日付の書簡の中で詳細に述べています。そこには、各楽章が彼の青春時代の情熱、幸福な結婚生活、芸術的な理想、そして突然の聴力喪失という人生の転換期を音楽的に描いていることが示されています。

この弦楽四重奏曲第1番は、単に美しい音楽というだけでなく、偉大な作曲家が自身の最も個人的な苦悩と向き合い、それを芸術へと昇華させた証として、聴く者に深い感動と共感を与え続ける傑作です。約30分で演奏されるこの作品は、スメタナの魂の叫びを今に伝える貴重な遺産と言えるでしょう。

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