弦楽四重奏曲第12番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1773年に作曲した弦楽四重奏曲第12番 変ロ長調 K. 172は、彼の弦楽四重奏曲の中でも特に重要な位置を占める「ウィーン四重奏曲」と呼ばれる6曲のシリーズに含まれる作品です。このシリーズの5曲目にあたり、「ウィーン四重奏曲第5番」という別称でも知られています。

本作は、モーツァルトが1773年の8月にオーストリアの首都ウィーンで作曲を開始し、その年の9月頃に完成したと推定されています。この時期は、モーツァルトが青年期に入り、作曲家としての様式を確立していく過程で、様々な試みを行っていた時期にあたります。

「ウィーン四重奏曲」のうち、先行する第10番（K. 170）や第11番（K. 171）では、従来の四重奏曲の枠を超えた実験的な要素や大胆な構成が見られましたが、この第12番（K. 172）においては、そうした実験的な作風から一時的に距離を置き、より古典的で均整の取れた、標準的な様式へと回帰しているのが大きな特徴です。楽曲全体にわたり、安定した構成と優美な旋律が際立っています。

特に注目される点として、曲の開始と終結を担う両端の楽章が挙げられます。これらの楽章は、弦楽四重奏という室内楽の編成でありながら、まるで当時の交響曲を思わせるような、力強く、広がりのある筆致で書かれています。また、中間楽章の一つである緩徐楽章も、通常の室内楽作品における緩徐楽章とは異なり、ゆったりとしたテンポ感と抒情性の中に、どこかセレナード風の雰囲気や非日常的な空気感を漂わせています。

さらに、第1楽章に関しては、モーツァルトがこの時期に作曲していた、あるいは構想していた別の交響曲の素材を転用して作られたのではないか、という興味深い説も提唱されています。この説の真偽は定かではありませんが、楽章が持つ交響曲的な性格を裏付けるものとも考えられます。

本作品は、伝統的な4楽章構成を取っており、全曲を通しての演奏時間は約14分程度です。

第1楽章 アレグロ・スピリトーソ、変ロ長調、4分の3拍子、ソナタ形式。活気に満ちた精神を感じさせる、速めのテンポが指定されています。ただし、この「アレグロ・スピリトーソ」というテンポ指示は、モーツァルト自身の筆跡によるものではなく、後世の第三者によって書き加えられた可能性が高いと推測されています。
第2楽章 アダージョ、変ホ長調、4分の4拍子、二部形式。非常に緩やかなテンポで、深い情緒を湛えた楽章です。主調である変ロ長調の属調にあたる変ホ長調が用いられ、落ち着いた、内省的な雰囲気を醸し出しています。比較的シンプルな二部形式で構成されています。
第3楽章 メヌエット - トリオ、変ロ長調 - ト短調、4分の3拍子。伝統的なメヌエットとトリオの組み合わせによる楽章です。主要部であるメヌエットは主調である変ロ長調で書かれ、優雅で典雅な舞曲の性格を持っています。中間部のトリオは、対照的にト短調となり、短調特有の繊細さや物憂げな雰囲気を加えます。その後、再びメヌエットが繰り返されて楽章を閉じます。
第4楽章 アレグロ、変ロ長調、4分の2拍子、ソナタ形式。速いテンポで書かれた、賑やかで推進力のある終楽章です。再び主調である変ロ長調に戻り、軽快で躍動的な主題が提示され、ソナタ形式によって展開されます。全曲を明るく、華やかに締めくくる役割を果たしています。

弦楽四重奏曲第12番 K. 172は、「ウィーン四重奏曲」シリーズの中でも、実験期から古典的様式への橋渡しとなる作品であり、モーツァルトの成熟期に向けての確かな歩みを示す重要な作品と言えるでしょう。

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