弦楽四重奏曲第3番 (ブラームス)

ブラームス：弦楽四重奏曲第3番 変ロ長調 作品67

ヨハネス・ブラームス（Johannes Brahms, 1833-1897）が作曲した弦楽四重奏曲第3番 変ロ長調 作品67は、彼が発表した最後の弦楽四重奏曲です。作曲は1875年の夏に集中的に行われ、特にハイデルベルク近郊のツィーゲルハウゼンで大部分が完成されました。作品は翌1876年に出版され、同年10月30日には高名なヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒム（Joseph Joachim）が率いる弦楽四重奏団によって初演されました。この曲は、ユトレヒト大学の生理学教授であったテオドール・ヴィルヘルム・エンゲルマン博士（Dr. Theodor Wilhelm Engelmann）に献呈されています。

ブラームスは生涯に3曲の弦楽四重奏曲を作曲しており、この第3番は、1873年に集中的に書かれた先行の2曲（第1番ハ短調 作品51-1、第2番イ短調 作品51-2）から数年を経て生み出されました。これらの初期作品に比べて、第3番では作曲技法に顕著な進歩が見られ、より緻密で洗練された書法が用いられています。また、ブラームスの弦楽四重奏曲全3曲の中では、最も開放的で明るく朗らかな楽想に満ちているのが特徴です。

特筆すべきは、この作品でブラームスが用いた構成上の手法です。第1楽章の音楽的素材を終楽章の変奏曲の中に巧みに組み込むことで、作品全体の有機的な統一感を図っています。このような楽章間の関連付けは、後に作曲される交響曲第4番ホ短調 作品98や、クラリネット五重奏曲ロ短調 作品115といった円熟期の傑作においても応用され、ブラームス独自の作曲語法の一つとして確立されました。

楽曲は伝統的な4楽章構成をとっています。

1. 第1楽章 Vivace （変ロ長調）
活き活きとしたヴィヴァーチェのテンポで開始されます。同主調であるモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番変ロ長調 K. 458 「狩」の冒頭を思わせる楽想で始まりますが、すぐにブラームスらしい重厚さと豊かな抒情性を展開していきます。
2. 第2楽章 Andante （ヘ長調）
アンダンテによる緩徐楽章。静かで内省的な雰囲気を持つ楽章です。
3. 第3楽章 Agitato; Allegretto non troppo （ニ短調）
「Agitato（激しく）」という速度指示が与えられた、ブラームスとしては珍しい性格を持つ楽章です。ここではヴァイオリン2挺とチェロに弱音器（ミュート）の装着が指定されており、楽章の大部分でヴィオラが主導的な役割を果たします。ブラームスの弦楽四重奏曲は全体的にヴィオラが重要なパッセージを担う場面が多いですが、この第3楽章におけるヴィオラの扱いは特に印象的であり、この楽器の持つ温かく深みのある音色と機動性が存分に引き出されています。
4. 第4楽章 Poco Allegretto con Variazioni （変ロ長調）
「少し速めに、変奏を伴って」と指定された終楽章は、主題とそれに続く8つの変奏から構成される変奏曲形式です。前述のように、この楽章には第1楽章で提示された主題の要素が巧妙に織り込まれており、作品全体を締めくくるにふさわしい充実した内容を持っています。

全楽章を通して演奏時間は約30分程度です。

編成は標準的な弦楽四重奏であり、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ各1名で演奏されます。明るく親しみやすい楽風と、ブラームスらしい緻密な構成が見事に融合した、彼の室内楽における重要な位置を占める作品と言えるでしょう。

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