彌永信美

彌永信美：仏教学・宗教学者としての生涯と業績

彌永信美氏は、1948年生まれの日本の美術・宗教学者です。仏教学、特に仏教神話研究を専門とし、その深い知識と鋭い洞察力で、日本のみならず海外においても高く評価されています。

彌永氏の学問的経歴は、パリ高等学術院歴史文献学部門日本学科への留学にまで遡ります。同大学院を中退した後も、フランスでの研究生活を通じて、ヨーロッパの精神史や宗教・神秘思想史に関する幅広い知見を培いました。その成果の一つとして、フランス語による仏教語彙辞典『法宝義林』の編集に参加しており、国際的な学術交流にも貢献しています。

学術研究の傍ら、執筆活動にも精力的に取り組んでいます。1987年には、『幻想の東洋 オリエンタリズムの系譜』（青土社）を著し、同書により第4回渋沢・クローデル賞を受賞。この受賞は、東洋像の西欧的解釈であるオリエンタリズムという複雑なテーマに対する、彌永氏の深い理解と独自の分析力を示す大きな功績と言えます。その後も、『歴史という牢獄 ものたちの空間へ』（青土社）、『仏教神話学 1 大黒天変相』『仏教神話学 2 観音変容譚』（いずれも法藏館）など、数々の著作を発表し、仏教研究における第一人者としての地位を確立しました。また、アルノルド・ヴァン・ジェネップの『通過儀礼』やR・D・レインの『子どもとの会話』など、重要な文献の翻訳にも携わっています。

近年、彌永氏は「立川流」に関する研究で大きな注目を集めています。「立川流」とは、真言宗の一派として知られていますが、その実態については長年に渡り様々な誤解や謎がつきまとっていました。一般的には、髑髏本尊を崇拝する邪淫教として認識されてきましたが、彌永氏は、長年の研究に基づき、この通説を覆す新たな解釈を発表しました。

彌永氏によると、十二世紀に仁寛によって創始された真言宗の一法流が本来の「立川流」であり、他の真言宗の法流と大きな違いはない、いわば正当な真言宗であると主張しています。一方、一般的に「立川流」と呼ばれてきたものは、様々な事情から誤った名称が付けられた、真言宗に限らない密教、あるいは宗教運動全体と関わりを持った特殊な宗教集団であると指摘しています。この集団については、知られている名称がないため、『受法用心集』という基本文献の表現を踏まえ、「彼の法集団」と呼ぶことを提唱しています。

彌永氏の研究は、既存の学説を大胆に問い直し、新たな視点から歴史的事実を解明しようとする姿勢に貫かれています。その学問的探究心と、緻密な研究に基づいた論考は、今後の仏教研究のみならず、宗教史研究全体に大きな影響を与えるものと期待されています。 彼の著作は、専門家のみならず、仏教や歴史に興味を持つ一般読者にとっても、大変示唆に富む内容となっています。

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