後藤俊夫 (化学者)
後藤俊夫（ごとう としお、1929-1990）は、日本の現代天然物化学において重要な足跡を残した化学者である。主に名古屋大学で研究と教育に生涯を捧げ、同大学の教授を務めた。
1929年（昭和4年）、後藤は現在の岐阜県岐阜市に生を受けた。彼は地元の岐阜薬学専門学校（現在の岐阜薬科大学）で化学への第一歩を踏み出し、1946年（昭和21年）に入学、1949年（昭和24年）にそこを卒業した。同年、さらなる学びを深めるため、名古屋大学理学部化学科に進学した。
大学卒業後、一時的に日本薬化学株式会社での勤務を経験したが、1954年（昭和29年）には母校である名古屋大学へ戻り、理学部の助手として平田義正教授の研究室に加わった。これは、彼の研究者としてのキャリアにおいて重要な転換点となった。その後、1957年（昭和32年）から1959年（昭和34年）にかけて、アメリカ合衆国のハーバード大学化学科に留学し、当時の著名な化学者であったルイス・フィーザー教授のもとで研究に励んだ。帰国後の1960年（昭和35年）、名古屋大学から理学博士の学位を授与される。1961年（昭和36年）には同大学理学部の助教授に昇任した。
1966年（昭和41年）、後藤は名古屋大学農学部に新設された農芸化学科の教授として迎え入れられた。彼はここで生物有機化学研究室を立ち上げ、以降、1990年（平成2年）に心筋梗塞により急逝するまでの約24年間、その研究室を主宰し、精力的に研究活動を行いながら、多くの研究者を育成した。
後藤俊夫の研究は、天然物化学を基盤としつつも、その範疇を超えた広がりと深さを持っていた。彼の研究成果はいずれも国際的に高く評価されている。特に初期の研究としては、名古屋大学理学部における平田義正教授との共同研究が挙げられる。ここでは、猛毒として知られるフグ毒、テトロドトキシンの複雑な分子構造を世界に先駆けて解明した業績は特筆すべきである。また、ホタルや発光バクテリアなど、生物が光を放つ神秘的な現象である生物発光について、そのメカニズムを化学的な視点から明らかにした研究も、世界的に大きな注目を集めた。
農学部に移ってからの研究も多岐にわたる。植物の色、特にアントシアニンが花の色を変える現象について、その化学的なメカニズムを解明した研究は、植物科学と化学を結びつける重要な成果であった。さらに、遺伝子の情報伝達に関わるRNAの一種であるtRNAに含まれる、非常に特殊な構造を持つ「超修飾ヌクレオシドQ」の化学的・生化学的研究も推進し、その機能解明に貢献した。昆虫生理学の分野では、カイコが休眠状態に入ることを制御するホルモンの構造決定を行い、昆虫の内分泌系理解に新たな知見をもたらした。
後藤の学術的な貢献は、個別の化合物の研究に留まらなかった。彼は、従来の天然物化学が重視してきた化合物の「構造」決定や「合成」といった側面に加え、あるいはそこから一歩進んで、生物活性を持つ有機化合物がどのように生体内で機能を発現するのか、その機構を分子レベルで深く探求することを目的とする新たな研究分野として、「動的天然物化学（Dynamic aspect of natural products chemistry）」を提唱したことでも特筆される。これは、単に物質を扱うだけでなく、生命現象における物質の役割を理解しようとする、より生物学に接近した化学研究の方向性を示唆するものであった。
これらの多岐にわたる顕著な業績は高く評価され、後藤は数々の栄誉に輝いた。1973年（昭和48年）には、生物発光の研究で中日文化賞（岸義人、井上昭二と共同受章）、1975年（昭和50年）には生物活性天然物の合成に関する研究で山路自然科学奨励賞、1977年（昭和52年）には多官能性生理活性天然物の合成研究で有機合成化学協会賞を受賞した。また、1981年（昭和56年）にはtRNAに含まれる超修飾ヌクレオシドQの研究で内藤記念科学振興賞（西村暹と共同受賞）、1983年（昭和58年）には特異な生物機能を有する天然有機化合物の化学的研究全体に対して日本化学会賞を受賞している。さらに、1990年（平成2年）8月29日には、その長年の功績に対し、正四位勲三等旭日中綬章が追贈された。
後藤俊夫は、自身が代表を務める文部省（当時）の重点領域研究として「動的天然物化学」プロジェクトが開始された直後の1990年（平成2年）8月29日に、心筋梗塞により惜しまれつつこの世を去った。彼の突然の死は、日本の化学研究界に大きな衝撃を与えた。
彼の偉大な業績と、提唱した「動的天然物化学」の理念を後世に伝えるため、没後、後藤メモリアルレクチャーシップが創設された。これにより、1992年から2000年にかけて隔年で、国際的に著名な有機化学者を招聘しての記念講演会「後藤メモリアルレクチャー」が名古屋大学で開催された。講演者には、ノーベル賞受章者3名を含む世界の第一線の研究者が名を連ね、これは後藤の業績が国際的にいかに高く評価されていたかを物語っている。
後藤俊夫は、天然物化学の研究に多大な貢献をし、新たな研究分野の方向性を示した先駆者として、日本の化学史にその名を刻んでいる。
1929年（昭和4年）、後藤は現在の岐阜県岐阜市に生を受けた。彼は地元の岐阜薬学専門学校（現在の岐阜薬科大学）で化学への第一歩を踏み出し、1946年（昭和21年）に入学、1949年（昭和24年）にそこを卒業した。同年、さらなる学びを深めるため、名古屋大学理学部化学科に進学した。
大学卒業後、一時的に日本薬化学株式会社での勤務を経験したが、1954年（昭和29年）には母校である名古屋大学へ戻り、理学部の助手として平田義正教授の研究室に加わった。これは、彼の研究者としてのキャリアにおいて重要な転換点となった。その後、1957年（昭和32年）から1959年（昭和34年）にかけて、アメリカ合衆国のハーバード大学化学科に留学し、当時の著名な化学者であったルイス・フィーザー教授のもとで研究に励んだ。帰国後の1960年（昭和35年）、名古屋大学から理学博士の学位を授与される。1961年（昭和36年）には同大学理学部の助教授に昇任した。
1966年（昭和41年）、後藤は名古屋大学農学部に新設された農芸化学科の教授として迎え入れられた。彼はここで生物有機化学研究室を立ち上げ、以降、1990年（平成2年）に心筋梗塞により急逝するまでの約24年間、その研究室を主宰し、精力的に研究活動を行いながら、多くの研究者を育成した。
後藤俊夫の研究は、天然物化学を基盤としつつも、その範疇を超えた広がりと深さを持っていた。彼の研究成果はいずれも国際的に高く評価されている。特に初期の研究としては、名古屋大学理学部における平田義正教授との共同研究が挙げられる。ここでは、猛毒として知られるフグ毒、テトロドトキシンの複雑な分子構造を世界に先駆けて解明した業績は特筆すべきである。また、ホタルや発光バクテリアなど、生物が光を放つ神秘的な現象である生物発光について、そのメカニズムを化学的な視点から明らかにした研究も、世界的に大きな注目を集めた。
農学部に移ってからの研究も多岐にわたる。植物の色、特にアントシアニンが花の色を変える現象について、その化学的なメカニズムを解明した研究は、植物科学と化学を結びつける重要な成果であった。さらに、遺伝子の情報伝達に関わるRNAの一種であるtRNAに含まれる、非常に特殊な構造を持つ「超修飾ヌクレオシドQ」の化学的・生化学的研究も推進し、その機能解明に貢献した。昆虫生理学の分野では、カイコが休眠状態に入ることを制御するホルモンの構造決定を行い、昆虫の内分泌系理解に新たな知見をもたらした。
後藤の学術的な貢献は、個別の化合物の研究に留まらなかった。彼は、従来の天然物化学が重視してきた化合物の「構造」決定や「合成」といった側面に加え、あるいはそこから一歩進んで、生物活性を持つ有機化合物がどのように生体内で機能を発現するのか、その機構を分子レベルで深く探求することを目的とする新たな研究分野として、「動的天然物化学（Dynamic aspect of natural products chemistry）」を提唱したことでも特筆される。これは、単に物質を扱うだけでなく、生命現象における物質の役割を理解しようとする、より生物学に接近した化学研究の方向性を示唆するものであった。
これらの多岐にわたる顕著な業績は高く評価され、後藤は数々の栄誉に輝いた。1973年（昭和48年）には、生物発光の研究で中日文化賞（岸義人、井上昭二と共同受章）、1975年（昭和50年）には生物活性天然物の合成に関する研究で山路自然科学奨励賞、1977年（昭和52年）には多官能性生理活性天然物の合成研究で有機合成化学協会賞を受賞した。また、1981年（昭和56年）にはtRNAに含まれる超修飾ヌクレオシドQの研究で内藤記念科学振興賞（西村暹と共同受賞）、1983年（昭和58年）には特異な生物機能を有する天然有機化合物の化学的研究全体に対して日本化学会賞を受賞している。さらに、1990年（平成2年）8月29日には、その長年の功績に対し、正四位勲三等旭日中綬章が追贈された。
後藤俊夫は、自身が代表を務める文部省（当時）の重点領域研究として「動的天然物化学」プロジェクトが開始された直後の1990年（平成2年）8月29日に、心筋梗塞により惜しまれつつこの世を去った。彼の突然の死は、日本の化学研究界に大きな衝撃を与えた。
彼の偉大な業績と、提唱した「動的天然物化学」の理念を後世に伝えるため、没後、後藤メモリアルレクチャーシップが創設された。これにより、1992年から2000年にかけて隔年で、国際的に著名な有機化学者を招聘しての記念講演会「後藤メモリアルレクチャー」が名古屋大学で開催された。講演者には、ノーベル賞受章者3名を含む世界の第一線の研究者が名を連ね、これは後藤の業績が国際的にいかに高く評価されていたかを物語っている。
後藤俊夫は、天然物化学の研究に多大な貢献をし、新たな研究分野の方向性を示した先駆者として、日本の化学史にその名を刻んでいる。
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