御曹子島渡

御曹子島渡（おんぞうししまわたり）

『御曹子島渡』は、室町時代に成立した作者不詳の御伽草子です。この物語は、源義経が奥州で自害したとされる史実を基に、彼が蝦夷へ渡り、異境を冒険するという夢幻的な物語を紡ぎ出しています。

あらすじ

物語は、藤原秀衡から北の国に住む「かねひら大王」という人物が、『大日の法』という兵法書を持っているという情報を得た、若き日の源義経が主人公です。義経は、蝦夷（現在の北海道）の千島喜見城にいる鬼の大王に会うことを決意し、土佐の湊から船出します。

喜見城へ向かう道中、義経は様々な奇妙な島に立ち寄ります。馬の姿をした人々が住む「王せん島」、裸の者ばかりが暮らす「裸島」、女性だけが住む「女護の島」、そして背丈が扇ほどの小人が住む「小さ子の島」などを経由し、ようやく「蝦夷が島」（北海道）に到着します。

内裏で大王に謁見を果たした義経は、数々の怪異な体験を乗り越え、最終的には大王の娘と結婚し、『大日の法』の兵法書を手に入れます。しかし、天女である大王の娘は、その後亡くなってしまうという悲しい結末を迎えます。

成立背景と影響

この物語は、当時の人々が蝦夷地（北海道）を舞台に活躍する集団の存在や、活発な北方海域の交易について中央にも知られるようになったという事実を反映していると考えられています。また、江戸時代に広まった義経北行伝説の原型とも言えるでしょう。

源平合戦における義経の活躍と、その後の悲劇的な最期は、庶民の間に「判官びいき」と呼ばれる感情を生み出しました。権力者である兄・頼朝に疎まれ、悲劇的な運命を辿った義経に対する同情や共感が、この物語が生まれた背景にあります。また、王朝国家の側に立つ畿内の文化人が義経を好意的に見ていたことも、こうした風潮を後押ししました。

「判官びいき」は、南北朝時代から室町時代初期に成立したとされる軍記物語『義経記』にも見られます。『義経記』は、能や幸若舞曲、御伽草子、浮世草子、歌舞伎、人形浄瑠璃など、後世の様々な文芸や演劇に影響を与え、今日私たちが抱く義経像の基礎となっています。

義経不死伝説

『吾妻鏡』によれば、義経は文治5年（1189年）に奥州衣川で自害したとされていますが、その首が鎌倉に届けられたのは事件から約1ヶ月半後であり、当時としても遅すぎるという印象を与えました。このことから、義経の首は偽物ではないかという憶測が生まれ、義経は実は生き延びたのではないかという「義経不死伝説」へと発展していきました。

『御曹子島渡』は、義経の悲劇的な運命と、それに対する庶民の共感、そして蝦夷地へのロマンが融合した、室町時代を代表する御伽草子の一つと言えるでしょう。

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