心が風邪をひいた日

1975年12月5日、シンガーソングライター太田裕美のサードオリジナルアルバム『心が風邪をひいた日』が、CBSソニーよりリリースされました。当時、彼女にとって通算3枚目のオリジナル作品となるこのアルバムは、LPの帯に「待望の太田裕美オリジナルアルバム第3弾」と記され、大きな期待とともに迎えられました。

本作には、すでに発表されていた3枚目のシングル「夕焼け」を含む、全12曲が収録されています。アルバム発売から間もない12月21日には、このアルバムから「木綿のハンカチーフ」が4枚目のシングルとしてリカットされました。このシングルはその後、太田裕美の代表曲と言えるほどの大ヒットを記録し、それに伴いアルバム自体も太田裕美にとって初めてオリコンチャートでトップ10入りを果たす成功を収めました。

楽曲制作には、太田裕美作品を支える豪華な作家陣が集結しています。作詞を松本隆、作曲を筒美京平、編曲を萩田光雄が手掛ける楽曲が多数を占めますが、中でも注目されるのは、当時新進気鋭のソングライターとして頭角を現していた荒井由実が作曲で参加している点です。「袋小路」と「ひぐらし」という、どこか影のある叙情的な楽曲を提供し、アルバムの世界観に深みを与えています。また、太田裕美自身が作詞・作曲を手掛けた「水車」や、佐藤健作曲の「青春のしおり」も収録されており、多様な音楽性が楽しめます。編曲には林哲司なども名を連ね、楽曲ごとに多彩なアレンジが施されています。

アルバムの収録曲には、それぞれ興味深い背景を持つものがあります。特に「木綿のハンカチーフ」は、シングルとして広く知られるバージョンとは、アレンジや歌詞の一部が異なります。アルバムバージョンとシングルバージョンを聴き比べることで、それぞれの楽曲が持つ細やかな表現の違いを感じ取ることができます。「THE MILKY WAY EXPRESS」は、「銀河急行に乗って」のサビ部分を短く編集した楽曲で、作品全体の流れの中で印象的なアクセントとなっています。「ひぐらし」は、高速バスでの旅情を描いた楽曲ですが、歌詞の中にはリリース当時の社会情勢を示唆する記述、具体的には時効が成立したばかりの三億円事件への言及が含まれています。この楽曲の歌詞は、サイモン＆ガーファンクルの名曲「アメリカ」から着想を得た可能性が指摘されています。そして、アルバムのタイトルにもなっている『心が風邪をひいた日』というフレーズは、収録曲「青春のしおり」の歌詞の一節から取られています。これは、多感な青春期における内面の揺れ動きや繊細な心情を捉えた、太田裕美らしいタイトルと言えるでしょう。

『心が風邪をひいた日』は、「木綿のハンカチーフ」という不朽の名曲を生み出したアルバムであり、太田裕美がアーティストとして広く認知されるきっかけとなった重要な作品です。松本隆、筒美京平、萩田光雄という黄金トリオに加え、荒井由実ら多様な才能が結集し、質の高い楽曲が詰まった本作は、発表から数十年を経た今もなお、多くの音楽ファンに愛され続けています。太田裕美の初期キャリアを語る上で欠かせない、聴きごたえのある一枚です。

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