心の理論

心の理論（Theory of Mind）とは

心の理論（Theory of Mind, ToM）とは、自分と他者の心の状態、例えば目的、意図、知識、信念などを推測する能力のことです。この能力によって、人は他者の行動を予測し、円滑なコミュニケーションを築くことができます。

心の理論の定義と発達

「心の理論」という言葉は、霊長類研究者のデイヴィッド・プレマックとガイ・ウッドルフが、チンパンジーが仲間や他の動物の心を推測しているかのような行動に着目したことに始まります。彼らは、この行動の背景に「心の理論」という機能が働いているのではないかと指摘しました。

心の理論の発達を測る有名な実験として、「誤信念課題」があります。これは、他者が自分とは異なる誤った信念を持っていることを理解できるかを試すものです。例えば、以下のような課題があります。

誤信念課題の例

マクシ課題: マクシがチョコレートを緑の棚に入れた後、母親がチョコレートを青の棚に移します。マクシが戻ってきたとき、チョコレートがどこにあると思うか？（正解は緑の棚）
サリーとアン課題: サリーがボールをかごに入れた後、アンがボールを箱に移します。サリーが戻ってきたとき、最初にどこを探すか？（正解はかごの中）
スマーティ課題: お菓子の箱の中に鉛筆が入っていることを被験者に知らせます。その後、別の人がその箱を見たとき、何が入っていると言うと思うか？（正解はお菓子）

これらの課題に正しく答えられるようになるのは、通常4～5歳頃です。心の理論の発達が遅れている場合、他者が自分とは違う見解を持っていることを想像するのが難しいため、自分が知っている事実をそのまま答えてしまいます。

心の理論と自閉症

自閉症児は、健常児に比べて誤信念課題の通過が難しいことが知られています。このことから、自閉症の中核的な障害は「心の理論」の欠如にあるという考え方が提唱されています。しかし、すべての自閉症児が誤信念課題に失敗するわけではなく、通過する自閉症児もいるため、「心の理論欠如仮説」には反論も存在します。

動物における心の理論

霊長類を含む多くの動物において、他者の行動に合わせて自分の行動を変えたり、他者を操作したりする行動が見られます。例えば、下位のチンパンジーが餌を発見した際、上位のチンパンジーに横取りされないように、餌から目をそらすという「欺き行動」が報告されています。

ただし、心の理論を最初に提唱したデイヴィッド・プレマック自身は、人間以外の霊長類が「心の理論」を持つことを示す証拠は乏しいと述べています。

心の理論のメカニズム：理論説とシミュレーション説

人が他者の心を理解するメカニズムについては、「理論説」と「シミュレーション説」の2つの考え方があります。

理論説: 人は他者に当てはまる一般的な知識や理論を持っており、それに基づいて他者理解を行うと考えます。
* シミュレーション説: 他者の立場に立って自分を模倣することで、他者理解を行うと考えます。ミラーニューロンの発見は、シミュレーション説を支持する生物学的な根拠とされています。

心の理論の神経基盤

脳科学的な研究により、心の理論に関わる脳の領域が明らかになってきました。サイモン・バロン＝コーエンは、心の理論の構成要素として、意図検出器、視線検出器、注意共有の機構、心の理論の機構という4つを提案しています。

また、上側頭溝(STS)、下外側前頭前野、前部帯状回/内側前頭前野などが、心の理論を支える基盤となっている可能性が指摘されています。

心の理論は、他者とのコミュニケーションや社会的な行動において重要な役割を果たしています。その発達やメカニズムを理解することは、より良い人間関係を築く上で不可欠と言えるでしょう。

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