志布志事件

志布志事件とは

志布志事件とは、2003年4月に行われた鹿児島県議会議員選挙における公職選挙法違反事件を巡り、鹿児島県警察の捜査における不正が疑われた事件の通称です。この事件は、県議会議員選挙で当選した中山信一氏の陣営が、有権者に対して焼酎や現金を配ったとされる疑惑から始まりました。

事件の背景

事件の舞台となったのは、鹿児島県曽於郡志布志町（現・志布志市）の集落。この地域は、当時7期目の当選を果たしていた自民党の森義夫県議会議員が強固な地盤を築いていました。捜査を指揮した警察官と森議員との長年の親交も指摘されており、捜査の公平性に対する疑念も生じました。

選挙戦では、自民党公認の現職3名が再選される見通しでしたが、中山信一氏が無所属で出馬したことで激戦となり、中山氏が3位で当選。落選した自民党現職の市ヶ谷誠氏との間に、選挙をめぐる軋轢があったとされています。

捜査の過程と問題点

警察は、中山陣営の運動員による缶ビール提供、焼酎・現金供与、そして中山氏本人による買収会合という、主に3つの容疑で捜査を進めました。しかし、その過程で、自白の強要、長期間にわたる不当な勾留、脅迫的な取り調べなど、数々の問題点が浮上しました。

缶ビール供与事件（踏み字事件）

中山氏の親族であるホテル経営者が、有権者に缶ビールを配ったとされる事件では、警察官がホテル経営者に対して、家族からのメッセージと称する紙を踏みつけさせるという、人道に反する行為が行われました。この「踏み字」と呼ばれる行為は、精神的な苦痛を与え、自白を強要する意図があったとされています。

焼酎・現金供与事件

中山陣営の運動員が、有権者に焼酎と現金を配ったとされる事件では、容疑を否認する女性に対して、警察官が「認めれば逮捕はしない」と約束した上で、交番の窓から容疑を認める旨を叫ばせるという、異例の取り調べが行われました。

買収会合事件

中山氏本人が、集落で会合を開き、出席者に現金を配ったとされる事件では、集落の住民が次々と逮捕・起訴され、長期間にわたる勾留を強いられました。自白を強要された住民の中には、「村八分」を恐れて虚偽の供述をした者もいたとされています。

中山氏自身も逮捕され、395日間という異例の長期勾留を受けました。保釈申請は8回も却下され、接見も禁止されるなど、厳しい状況に置かれました。

無罪判決とその後

鹿児島地方裁判所は、2007年2月23日、中山氏を含む被告人全員に対して無罪判決を言い渡しました。裁判所は、検察側の証拠である供述調書の信用性を否定し、アリバイも成立すると判断しました。検察側は控訴せず、無罪判決が確定しました。

しかし、事件はこれで終わりませんでした。元被告人や弁護士らは、国と鹿児島県を相手取って損害賠償訴訟を起こし、警察の違法捜査による精神的苦痛に対する賠償を求めました。

損害賠償訴訟

国・県を相手取った損害賠償訴訟

中山氏らは、総額2億8,600万円の損害賠償を求めました。2015年5月、鹿児島地方裁判所は、警察の捜査に違法があったことを認め、日本国政府と鹿児島県に対して合計6,000万円の賠償を命じました。この判決は確定しました。

「踏み字」損害賠償訴訟

ホテル経営者が起こした訴訟でも、裁判所は捜査手法の違法性を認め、鹿児島県に約60万円の賠償を命じました。この判決も確定しました。

接見交通権侵害訴訟

弁護士らが起こした訴訟では、警察官が接見時の会話を供述調書に記録した行為が接見交通権の侵害にあたるとされ、国と鹿児島県に550万円の賠償が命じられました。この判決も確定しました。

事件が残した教訓

志布志事件は、警察の捜査における問題点、冤罪の危険性、そして司法のあり方について、多くの教訓を残しました。この事件を教訓として、取り調べの可視化や弁護士の立ち会いなど、冤罪を防止するための対策が強化されるようになりました。また、捜査機関による人権侵害に対する監視の必要性も、改めて認識されました。

志布志事件は、日本の司法史に残る重要な事件として、今後も語り継がれていくでしょう。

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