性霊集

性霊集：空海の詩文集とその謎

『性霊集』は、空海（弘法大師）の漢詩文集として知られています。弟子である真済によって編纂され、全10巻からなるこの作品は、正確な成立時期は不明ながらも、空海の没年である承和2年（835年）を大きく超えない時期に成立したと推定されています。日本の個人文集としては最古のものであり、その歴史的意義は非常に大きいと言えるでしょう。

しかしながら、『性霊集』は完全な形で現代に残っているわけではありません。巻八から巻十までの3巻は、古くから散逸しており、現在私たちが目にすることができるのは、巻一から巻七までの7巻のみです。

この散逸した部分については、承暦3年（1079年）、仁和寺の済暹が編纂した『続遍照発揮性霊集補闕鈔』が代用として用いられることがありますが、これは単なる補遺ではなく、後世の偽作も含む可能性もあるため、注意が必要です。

真済と空海の関与：編纂過程の謎解き

『性霊集』の序文には、真済が空海の作品を後世に残すべく、師の傍らに侍して書き写し、約500枚に及ぶ作品を収集したという記述があります。また、唐の人々と空海が交わした作品の中から優れたものを選んで加えたとも記されています。

この記述を基に、真済が単独で『性霊集』を編纂したと考えるのが一般的ですが、疑問点も存在します。例えば、真済が空海の弟子となったのは弘仁5年（814年）とされていますが、『性霊集』にはそれ以前の作品も多数含まれています。序文には、それらの作品がどのように収集されたかについての説明がないため、真済単独での編纂説には不自然な部分が残ります。

そこで、一部の研究者は、空海自身も『性霊集』の編纂に深く関与していた可能性を指摘しています。空海が入唐時から自らの作品の写しを取り、作品に表題を付したり、巻構成を決定するなどの作業に関わっていたと推測する見解もあるのです。

実際、巻五に収録されている作品と同じものが、単体の巻子本として伝存しており、その筆跡や余白の表題から、空海自身が書いたものと判断できるものもあります。このことから、空海が最終的な編纂作業にも関与していた可能性は十分に考えられます。

成立時期：様々な説と年代の推定

『性霊集』の成立時期についても、様々な説が提示されています。

最も新しい作品の日付を基に、天長5、6年（828、829年）を下限とする説が有力視されています。上限については、真済と空海の共同編集という立場から、真済が高雄山で空海から密教の奥義を授けられたとされる期間、あるいは空海没後の時期など、複数の説が提示されています。

これらの説は、真済の空海への師事期間、空海の没年、そして『性霊集』の序文に記されている情報などから推定されたものです。しかし、確実な証拠がないため、現在も成立時期は確定されていません。

空海の文学観と『性霊集』

空海は24歳の時に著した『聾瞽指帰』で、中国・日本の従来の文学を痛烈に批判し、芸術性と真理の両立を理想として掲げています。この思想は、『性霊集』の序文にも反映されているとみられ、文学改革者として自らの作品を後世に伝えようとした空海の強い意志が感じられます。

まとめると、『性霊集』は、空海の思想や文学観を知る上で貴重な資料であり、その編纂過程や成立時期をめぐっては、今もなお多くの謎が残されています。今後の研究により、より詳細な事実解明が期待されます。

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