怪談乳房榎

怪談乳房榎

『怪談乳房榎』（かいだんちぶさえのき）は、江戸時代末期から明治期にかけて活躍した落語家、三遊亭圓朝によって創作された傑作怪談噺です。もともとは新聞に連載され、明治21年（1888年）に単行本として刊行されました。その劇的な展開と怪異な要素が融合した物語は多くの人々を魅了し、落語の演目としてのみならず、たびたび舞台や映像作品としても上演・制作されてきました。

あらすじ

物語の核心にあるのは、絵師・菱川重信を取り巻く悲劇です。重信の妻であるおきせは、その美しさから浪人の磯貝浪江の目に留まります。おきせに邪な心を抱いた浪江は、狡猾にも重信に弟子入りし、おきせへ接近を図ります。そして、二人の間には不倫関係が生まれますが、これは浪江がおきせの幼い子を害すると脅迫し、無理矢理強要した結果でした。

しかし、それだけでは飽き足らない浪江は、おきせを完全に独占したいがために、師匠である重信を非道な手口で殺害してしまいます。

夫の凄惨な死を目の当たりにしたおきせは、深い衝撃と悲しみから、母乳が出なくなってしまいます。生まれたばかりの我が子を養えない絶望の淵に立たされたおきせのもとへ、無念の死を遂げた重信の亡霊が現れます。亡霊は、子の命を繋ぐため、松月院という寺にある不思議な榎の存在を伝えます。その榎からは母乳のように白い液体が出るというのです。

おきせは亡霊の言葉に従い、その不思議な榎の乳で息子を育てます。この子こそが、後に父の仇を討つことになる真与太郎です。真与太郎は榎の不思議な乳で健やかに育ち、成長した彼は、父を殺した仇である浪江を見つけ出し、壮絶な復讐を果たします。

この物語は、人間の欲望や背徳が招く悲劇、そして超常的な存在の介入による因果応報、親子の絆といったテーマが複雑に絡み合いながら展開し、聴衆や観客に強い印象を与えます。

現代の読者に向けた刊本

圓朝作品の中でも代表的な一つである『怪談乳房榎』は、現代でも多くの文庫などで読むことができます。特に1990年代以降には、研究者や落語愛好家による解説が付された形で再版されています。

『怪談牡丹燈籠　怪談乳房榎』（ちくま文庫、1998年）
三遊亭圓生による口演が収録された『圓生の落語 2 雪の瀬川』（河出文庫、2010年）
『怪談牡丹燈籠　怪談乳房榎』（角川ソフィア文庫、2018年）

派生作品

『怪談乳房榎』はその物語の面白さから、落語の高座を飛び出し、様々なメディアで再創造されてきました。

映画
1917年（日活）
1958年（新東宝）
テレビドラマ
1969年（NET、怪奇ロマン劇場）
歌舞伎
1993年（歌舞伎座）
* 2014年（平成中村座、ニューヨーク公演など）

このように、発表から百年以上を経た現在でも、『怪談乳房榎』は形を変えながら語り継がれ、日本の怪談文学や演劇において重要な位置を占めています。

関連事項

物語の舞台としても登場する「松月院」など、関連する史跡や場所が存在します。

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