恐怖城

恐怖城：ゾンビ映画の夜明け

1932年、アメリカで製作されたホラー映画『恐怖城』（原題: White Zombie）は、ゾンビ映画の歴史において特筆すべき作品です。ベラ・ルゴシという、当時既に人気を博していた名優を主演に迎え、ヴィクター・ハルペリン監督の手腕によって生み出された本作は、ブードゥー教の儀式とゾンビという、当時としては斬新な題材を巧みに織り交ぜ、観客を恐怖の世界へと誘います。

物語は、新婚旅行でハイチを訪れたニールとマデリーンという若い夫婦から始まります。現地で出会ったプランテーション経営者ボーマンの勧めで、二人は彼の屋敷へと足を踏み入れます。しかし、そこは異様な雰囲気に包まれた場所であり、奇妙な儀式や、ゾンビと呼ばれる不気味な人々が徘徊する、恐ろしい光景が待ち受けていました。屋敷には、既に滞在していた宣教師ブルーナー博士がおり、二人は彼から危険を知らされます。

ボーマンは、ブードゥー教の司祭ルジャンドルと関係があり、その工場ではゾンビたちが休みなく働かされていました。ボーマンはマデリーンに恋心を抱き、ルジャンドルに彼女の誘拐と監禁を依頼します。ルジャンドルは、ボーマンにゾンビ化させるための粉末を渡します。

結婚式当日、ボーマンはマデリーンをその粉末でゾンビ化させようとしますが、ゾンビとなった彼女は彼に愛情を示すことはありません。怒ったボーマンはルジャンドルに詰め寄りますが、逆に自分がゾンビとされてしまいます。ルジャンドル自身も、マデリーンの美しさに心を奪われていたのです。

ニールはブルーナー博士と共にルジャンドルの屋敷へ向かい、ゾンビ化したマデリーンと対峙します。彼女はルジャンドルの命令に従い、ニールを殺そうとします。しかし、最後の良心から、ボーマンはルジャンドルを突き飛ばし、二人は海に転落して命を落とします。そして、マデリーンは元の心を取り戻すのです。

この映画の製作背景には、1929年に発表されたウィリアム・シーブルックの著作『The Magic Island』が大きく関わっています。この本はハイチのブードゥー教とゾンビに関する記述を含んでおり、当時の人々に大きな衝撃を与えました。ハリウッドではホラー映画ブームが到来しており、新しい素材を探していた映画製作者たちは、シーブルックの本とブロードウェイで上演されていた『Zombie』という演劇に着目し、『恐怖城』の企画が立ち上がりました。

監督は、低予算ながらも豪華なセットと、ベラ・ルゴシを始めとする優れた俳優陣の演技、そして『フランケンシュタイン』のメイクアップ担当者ジャック・ピアースの技術によって、商業的な成功を収めました。

本作に登場するゾンビは、後の作品に登場する「歩く死体」とは異なり、仮死状態の人間です。彼らはゾンビマスターの命令に忠実であり、人を襲うことも人肉を食べることもありません。そのため、本作における恐怖はゾンビそのものよりも、ゾンビにされること、そしてゾンビマスターの恐ろしさにあると言えるでしょう。

『恐怖城』は1932年6月に公開されると、アメリカ全土、そして海外へと配給され、日本でも翌年には公開されました。この映画は、後のゾンビ映画に多大な影響を与えた作品として、ゾンビ映画の始祖と位置づけられています。1968年の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』がゾンビの概念を刷新するまで、ゾンビ映画は本作の影響下にあったと言えるでしょう。

しかしながら、その後のゾンビ映画は、本作のようなブードゥー教を題材とした作品は減少していき、様々な解釈がなされて多様なゾンビ映画が作られるようになりました。

『恐怖城』は、その革新的なアイデアと、名優ベラ・ルゴシの演技、そして時代の雰囲気を巧みに捉えた演出によって、現在でも高い評価を得ている、ホラー映画史上に残る名作と言えるでしょう。

もう一度検索