恨 (仏教)

恨（こん）

仏教において、恨（こん）とは、修行者が克服すべき煩悩の一つに数えられる心の働きです。サンスクリット語ではupanāha（ウパナーハ）と呼ばれます。この煩悩は、他者に対する強い否定的な感情、特に怨みや憎しみといった念を、長期にわたって心に留め続ける性質を持ちます。

性質と内容

恨の念に囚われた人は、自己にとって気に入らない相手や、過去に何らかの不利益をもたらしたと感じる人物に対し、その怨みをいつまでも手放すことができません。それは単なる一時的な怒りや不満ではなく、心の奥底に深く根差した、持続的な敵意や悪意となって現れます。一度心に宿ると、その感情を自らの意志で制御したり、払拭したりすることが非常に困難になるとされます。

発生機序

恨は、他の煩悩、特に瞋（しん）という怒りの感情に付随して生じると説明されます。さらに具体的には、一時的な激しい怒りである忿（ふん）の感情が生じた後、それが解消されずに心に残り続け、時間とともに持続的かつ深化することで、この「恨」へと発展すると考えられています。

もたらす影響

恨の念は、持つ人の心身に深刻な影響を及ぼします。怨みや憎しみに心を占められているため、心の平穏（平常心）を保つことができなくなります。内的な苦悩は絶えず、常に煩悶たる状態に置かれます。これは精神的な安定を失わせ、日常生活においても安らぎを得ることが難しくなります。他者への不信感や敵意から、人間関係にも悪影響を及ぼし、孤立感を深めることにも繋がりかねません。恨は、まさに自己を縛り付け、苦しめる鎖のような煩悩と言えるでしょう。

仏教学派における分類

仏教のさまざまな学派において、恨は煩悩体系の中で位置づけられています。

説一切有部（せついっさいうぶ）: この部派の教えでは、恨は「五位七十五法（ごいしちじゅうごほう）」と呼ばれる存在分類体系の中で、「小煩悩地法（しょうぼんのうじほう）」の一つとして挙げられます。小煩悩地法とは、特定の心に共通して生起する比較的小さな煩悩群を指します。

唯識派（ゆいしきは）: 唯識派の重要な論書である『大乗百法明門論（だいじょうひゃっぽうみょうもんろん）』によれば、恨は「随煩悩（ずいぼんのう）」に分類されます。随煩悩とは、根本煩悩に随伴して生じる様々な煩悩のことであり、恨はその中でも特に「小随煩悩（しょうずいずいぼんのう）」の一つとされています。小随煩悩は、一時的に強く現れる性質を持つと説明されることがあります。

このように、恨は仏教の教えの中で、人が悟りへ至る道を妨げる重要な障害の一つとして認識されています。この煩悩の性質を理解し、正しく対処することが、心の解放に向けた修行において求められます。

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