悪の帝国

悪の帝国

「悪の帝国」（Evil Empire）というフレーズは、冷戦時代、アメリカ合衆国のロナルド・レーガン大統領がソビエト連邦を指して用いた言葉として知られています。1983年3月8日、全米福音派連盟での演説でこの言葉が初めて用いられ、ソ連を「現代世界の悪の中心」と表現しました。このフレーズは、米ソ間の対立を善悪の戦いとして捉え、核軍拡競争におけるソ連の責任を強調する文脈で使用されました。

背景

このフレーズは、レーガン大統領の首席スピーチライターであったアンソニー・R・ドランによって創作されたとされています。一部では、1982年6月にレーガンがイギリス庶民院で行った演説を「悪の帝国」演説と呼ぶこともありますが、この演説で「悪の帝国」という表現は使われていません。むしろ、この演説で特徴的なフレーズは「歴史の灰だまり」であり、世界共産主義の崩壊を予告するために用いられました。この「歴史の灰だまり」という表現は、ロシア革命家レフ・トロツキーがメンシェヴィキに対して用いた「歴史のゴミ箱」というフレーズに類似しています。

「悪の帝国」演説

1983年3月8日、フロリダ州オーランドでの全米福音派連盟の総会で、レーガン大統領は「悪の帝国」という言葉を公式に用いました。この演説は「悪の帝国」演説として広く知られるようになりました。演説の中で、レーガン大統領はソ連が東ヨーロッパに新たな核ミサイル発射基地を設けたことに対抗し、西ヨーロッパにNATOによる中距離核弾道ミサイルを配備することを主張しました。このミサイル配備は実際に行われ、後の米ソ間の軍縮交渉の材料となりました。

1987年、レーガン大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長は中距離核戦力全廃条約（INF全廃条約）を締結し、中距離および短距離の核ミサイルは撤廃されました。この条約は、レーガン大統領の強硬な姿勢と交渉が実を結んだ結果と言えるでしょう。

国際的な反応と影響

レーガン大統領は1984年の大統領討論会でも「悪の帝国」というフレーズを繰り返し、「ソ連が行ってきた多くのことは、我々の道徳観念において悪であると信じている」と述べています。この発言は、レーガン大統領のソ連に対する強い敵意を示しており、アメリカ国内の保守派からの支持をさらに強めることになりました。

一方で、ソ連はアメリカこそが帝国主義の超大国であると反論し、自国は「人類の名において」アメリカと戦っていると主張しました。タス通信は、「悪の帝国」というフレーズはレーガン政権が「狂気的な反共産主義に基づく、対立と敵意の観点からしか考えられない」と批判しました。ソ連側から見れば、「悪の帝国」というレッテル貼りは、アメリカのプロパガンダに過ぎなかったのでしょう。

しかし、レーガン大統領は1988年にゴルバチョフ書記長と会談した際、記者から「ソ連を今でも悪の帝国だと思うか」と質問された際、「もうそうは思わない」と答えました。この変化は、冷戦の終結に向かう転換点の一つを示しています。

歴史学者ジョン・ルイス・ギャディスは、ソ連を「悪の帝国」と呼んだこととその影響を好意的に評価していますが、このフレーズはアメリカ国内の政治を示唆する文脈でも用いられることがあります。例えば、保守派ジャーナリストのパット・ブキャナンは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、バラク・オバマ政権下のアメリカを「悪の帝国」に例えたと示唆しています。これは、中絶や同性婚、ポルノといった文化的な問題を指していると考えられます。

その他

「悪の帝国」というフレーズは、政治的な文脈以外でも使用されることがあります。2003年には、ボストン・レッドソックスのCEOが、ニューヨーク・ヤンキースを「悪の帝国」と表現しました。また、台湾のニュースサイトは、福岡ソフトバンクホークスを「邪悪帝国」と表現したり、読売ジャイアンツを「東洋の悪の帝国」と呼んだりしています。これは、巨額の資金力を持つチームを揶揄する表現として用いられています。

このように、「悪の帝国」というフレーズは、その政治的な起源から離れて、比喩として様々な場面で使われるようになっています。その影響力は、冷戦時代を超えて、現代にも及んでいると言えるでしょう。

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