愛すべきものすべてに

概要

『愛すべきものすべてに』（英題：FOR ALL MY LOVES）は、日本の音楽家である尾崎豊が世に送り出した、キャリア初のベスト・アルバムです。彼の突然の逝去から四年後の1996年 9月30日に、ソニー・ミュージックレコーズから発表されました。これは、尾崎関連の作品としては、1995年にリリースされたボックスセット『TEENBEAT BOX』以来、およそ一年五か月ぶりの登場となりました。

選曲の背景

本作には、尾崎豊の代名詞ともいえる楽曲群が収められています。例えば、1985年のヒットシングル「卒業」や、晩年の代表曲「I LOVE YOU」などが含まれています。選曲は特定のアルバムに偏らず、1988年発表のアルバム『街路樹』を除くすべてのオリジナルアルバムから、幅広い時期の楽曲がバランス良く選ばれています。しかしながら、レコード会社の版権の問題から、他レーベルで発表されたシングル曲や、『街路樹』に収録された楽曲は残念ながら一枚も収録されていません。また、アルバムのタイトル『愛すべきものすべてに』は、1985年のアルバム『回帰線』に収められた楽曲「シェリー」の歌詞の一部から引用されていますが、そのタイトルを冠する「シェリー」自体は本作には収録されていないという、特異な選曲事情も存在します。

音楽ライターの落合昇平氏は、著書『地球音楽ライブラリー尾崎豊』の中で、尾崎豊のようなアーティストのベストアルバム構成の難しさに触れています。シングルヒットを中心に構成しやすい一般的なアーティストとは異なり、尾崎の作品はアルバムごとに独自のテーマや物語性を持つ小説のような作風であり、オリジナルアルバムやライブツアーを通じて時代の空気や内面世界を表現するタイプでした。そのため、単にヒット曲を集めるだけでは彼のアーティスト性を十分に伝えることが難しく、それが本作以前にベストアルバムが制作されなかった理由の一つであった可能性を指摘しています。

リリース形態と再発

1996年の初回リリース時には、CD、カセットテープ（CT）、そしてミニディスク（MD）という、当時の主要なメディアで展開されました。CD版には特典として、コンプリートデータや未公開映像を収録したCDエクストラ機能が付加されていました。また、初回生産分には52ページにわたる豪華な写真集が封入され、ファンにとって魅力的な内容でした。カセットテープ版は、CDやMD版とは一部曲順が異なるという特徴があります。

その後も本作は長く親しまれ、時代に合わせて再リリースされています。2009年 4月22日には、音質の向上を目指した24ビット・デジタルリマスタリングが施され、ブルースペックCDとして限定生産されました。さらに2013年 9月11日には、新たな高品質CD規格であるブルースペックCD2として再び市場に投入されています。

評価と批評

本作『愛すべきものすべてに』に対する音楽評論家やメディアの評価は、様々な意見が寄せられました。音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「聴く者それぞれに感じ入る点があるだろう」と前置きしつつ、尾崎のヴォーカリストとしての特別な才能を再認識させられる作品だと肯定的に評価しています。『TOWER RECORDS ONLINE』もまた、本作が単に代表曲を網羅しただけでなく、「ベストでありながらも単なるベストではない感動を与えてくれる珠玉の1枚」であると絶賛しました。音楽誌『別冊宝島2559 尾崎豊 Forget Me Not』で執筆した安部薫氏は、シングル曲を軸としつつも時代的なバランスが取れている点を評価し、「古くからのファンも初めて聴く人も納得できる、最大公約数的な選曲」であると肯定的な見解を示しました。さらに、前半にバラード、後半にロック色の強い楽曲を配置したアルバム全体の構成が、後の尾崎作品をテーマ別に集めたようなコンセプチュアルなベストアルバムへの布石となった可能性も指摘しています。

一方で、異なる視点からの意見もありました。音楽誌『別冊宝島1009 音楽誌が書かないJポップ批評35 尾崎豊 FOREVER YOUNG』に寄稿した宮城正樹氏は、ベストアルバムが入門編としての役割を果たすことは認めつつも、「すでに尾崎のオリジナルスタジオアルバム全6作を持っているリスナーが、果たしてこのベストアルバムを改めて聴きたいと思うだろうか」と、既存ファンにとっては必ずしも必須ではないかもしれないという疑問を呈しました。

チャート成績

本作はリリース後、商業的にも大きな成功を収めました。オリコンアルバムチャートでは最高位2位を記録し、登場週数は26回と長期にわたってチャートインするロングセラーとなりました。オリコン集計での売上枚数は72.9万枚となり、これは尾崎豊のアルバムの中では歴代3位の記録です。さらにその後も順調に売上を伸ばし、ソニー・ミュージックレコーズの集計によると、2007年の時点で年間10万枚程度のペースで売れ続け、累計販売枚数は約170万枚に達しています。2009年に再リリースされたブルースペックCD盤も、最高位123位、登場回数5回を記録しました。

参加スタッフ

本作の制作には、尾崎作品を数多く手掛けたプロデューサーの須藤晃氏が携わっています。また、アート・ディレクションやデザイン、そして写真提供は田島照久氏が担当しました。

収録曲一覧

（※本情報には具体的な収録曲のリストは含まれていません）

参考文献

（※本情報には参照された文献リストが記載されています）

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