愛の嵐 (映画)

映画『愛の嵐』

1974年に公開されたリリアーナ・カヴァーニ監督によるイタリア映画『愛の嵐』（原題：Il Portiere di notte）は、第二次世界大戦中のナチス収容所における歪んだ関係が、戦後のウィーンで再燃する様を描いたドラマです。ルキノ・ヴィスコンティが絶賛したとも伝えられるこの作品は、倒錯した愛とエロス、そして戦後社会に潜む暗部を鋭く問いかけます。

あらすじ

物語の舞台は1957年冬のウィーン。かつてナチス親衛隊の将校として強制収容所で働いていたマクシミリアン（マックス）は、過去を隠してホテルの夜番としてひっそりと暮らしていました。

ある日、ホテルに宿泊した有名なオペラ指揮者の妻、ルチアの姿を見たマックスは激しく動揺します。彼女は、13年前にマックスが収容所で関わりを持ったユダヤ人の少女だったのです。ルチアもまた、突然の再会に言葉を失います。

夫にウィーンからの早期出発を促すルチアでしたが、出発直前になぜか一人だけ街に留まることを決めます。ウィーンの街をさまよいながら、彼女は収容所での異常な体験を追憶していました。マックスに目をつけられ、性的虐待の対象とされたこと。周囲からの孤立と冷たい視線に晒されながらも、生存のために屈従せざるを得なかった日々。

一方、マックスが働くホテルの一室には、弁護士やバレエダンサーなど、彼の元ナチ将校仲間が集まっていました。彼らは戦後の追及から逃れるため、互いの過去の行為を隠蔽し合い、時には邪魔な証人を排除することさえ厭いません。その会合の最中、偶然にもルチアの存在が彼らの間で話題となります。これを盗み聞きしたルチアは、自らの命が狙われていることを察知し、すぐにウィーンを発つことを決意します。

部屋で苛立ちながら荷造りをするルチアのもとに、マックスがやってきます。彼は突然ルチアに暴力を振るい、「なぜ今ここにいる」と詰問しますが、その一方で、彼女の腕に残る囚人番号の入れ墨に唇を寄せます。激しい葛藤の末、13年間の空白を埋めるかのように、再び歪んだ肉体関係を結ぶ二人。13年の時を経て再燃した彼らの関係は、倒錯した愛と憎しみが渦巻く、激しい嵐の様相を呈します。

歴史的背景としてのオーストリア

この映画の背景には、第二次世界大戦後のオーストリアが抱える複雑な歴史があります。オーストリアはドイツによる併合（アンシュルス）を経てナチス体制下に組み込まれましたが、その国民のナチスへの加担は決して受動的なものだけではありませんでした。国民の約10％がナチ党員であり、この比率はドイツ本国をも上回るほどだったのです。多くのオーストリア人が親衛隊に志願し、ユダヤ人迫害や強制収容所の運営に関与していました。ナチスのホロコースト責任者であるアドルフ・アイヒマンもオーストリア出身であり、彼の部下の大部分をオーストリア人が占めていたと言われます。

映画の舞台である1957年頃のオーストリアは、戦後の独立を回復し、中立国家として新たな出発を切った時期にあたります。表面的には平和を愛する国家としての体裁を保ち、「犠牲者論」が支配的で、能動的な加害者としてのオーストリアの責任が語られることは稀でした。しかし、実際には映画に描かれるように、ナチスに積極的に加担した多くの人々が戦後社会の片隅で過去を隠して暮らしていました。

マックスが住むカール・マルクス・ホーフは、社会主義的な思想のもと建設された集合住宅であり、映画の中で彼の隠遁場所として登場します。これは、過去のナチス加担という暗い側面と、戦後の進歩的な社会を装う二重性を象徴しているかのようです。

この映画が製作された1974年当時、オーストリアではまだ「犠牲者論」が主流であり、自国の加害責任に正面から向き合う動きは限定的でした。そのため、この映画が公開された際には、オーストリア国内で強い反発を受けたと言われています。オーストリアがナチスに積極的に加担した実態が本格的に議論されるようになるのは、1986年のクルト・ヴァルトハイム大統領選出とその過去に関する論争がきっかけでした。

映画では、マックスをはじめとする元ナチ党員たちが孤立せず、強い横の結束を保っている様子が描かれます。これはフィクションだけでなく、戦後のオーストリア社会の一側面を反映しています。元ナチ党員たちは結束を保ち、自らの利益を代表するオーストリア自由党を結成、国政においても一定の影響力を持つに至ります。これは、ドイツ本国に比べて、ヒトラーの母国であるオーストリアにおいて極右勢力がより強い支持を得ている現状にも繋がっています。

『愛の嵐』は、単なる倒錯的な愛の物語に留まらず、戦後オーストリアが巧妙に隠蔽してきた歴史の暗部、特にナチス加担の責任問題や元党員の社会への潜伏という、今日まで続く複雑な問題を深く掘り下げた作品と言えるでしょう。

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