憲法草稿評林

憲法草稿評林（けんぽうそうこうひょうりん）

「憲法草稿評林」は、明治時代初期に、民権運動の高まりの中で民間の有志によって作成された私擬憲法の一つです。成立時期については諸説あり、明治13年（1880年）7月頃から明治14年（1881年）初め、または同年10月頃、あるいは同年11月から明治15年（1882年）頃までとされています。この憲法草稿は、当時の政治状況と民権思想を反映した、非常に興味深い歴史的資料です。

概要

この憲法草稿が作成される背景には、明治13年7月に当時の立法機関であった元老院で作成された日本国憲案第三次案（最終案）がありました。しかし、この案は伊藤博文や岩倉具視によって「西洋の憲法を模倣するに熱中し、日本の国体や人情を無視している」と批判され、不採択となり、機密文書として公表が禁止されました。

「憲法草稿評林」は、この機密文書である元老院の日本国憲案第三次案を、民権家たちが何らかの方法で入手し、各条文の後に評論を加えたものです。具体的には、元老院案に対する最初の評論（「下段評論」）と、さらにその評論に対する再度の評論（「上段評論」）が加えられた二段階の構成を持っています。前者を「憲法草稿評林」、後者を「憲法草稿評林一」と区別することもあります。

この二段階の評論形式は、元老院の憲法案をベースに、二つの異なる憲法構想が論争的に展開されたという点で、他の私擬憲法とは大きく異なる特徴となっています。憲法草稿評林は、尊王の立場をとりつつも、天皇統治を前提としながら、国家の大権は天皇と議会が共有・分有すべきであるという君民共治の思想を主張し、その具体化と制度化を試みています。

特に注目すべきは、天皇に対する過度な神聖性や無答責を否定し、国民投票による天皇の廃位制度を提唱している点です。これは、当時の専制的な政治体制に対する批判的な視点を示しており、非常に革新的な思想と言えます。また、帝位継承者を皇族に限定しながらも、女帝や皇室親族の大臣家まで範囲を広げるという点も特徴的です。この点からも、既存の制度に捉われない柔軟な発想が見て取れます。

さらに、建国原理としての天皇制を継承しつつも、大統領制の可能性にも言及している点は、非常にラディカルであり、当時の民権家たちの進歩的な政治思想を反映しています。

執筆者について

「上段評論」の筆者は、小田為綱であるという見方が有力です。「下段評論」の筆者については、いくつかの候補者が挙げられています。歴史家の色川大吉は岩手の民権家である鈴木舎定を、憲法学者の稲田正次は嚶鳴社の主要メンバーである青木匡を、歴史学者の小西豊治は立憲改進党のリーダーで後に衆議院議長を務めた島田三郎であると推定しています。執筆者の特定は難航しているものの、当時の民権運動に関わった中心的な人物が関わっていたことは間違いないでしょう。

「憲法草稿評林」は、明治初期の民権思想を代表する重要な資料であり、当時の社会変革への熱意や、民主主義的な政治制度への模索が窺える貴重な文献です。

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