戚本禹

戚本禹（せき ほんう、1931年 - 2016年）は、中華人民共和国において文化大革命（以下、文革）という激動の時代に重要な役割を果たした政治家です。毛沢東思想の熱心な擁護者として、当時の中国の政治情勢に大きな影響力を行使しました。

1949年に中国共産党に入党した戚本禹は、党中央の機関で勤務しました。中央弁公庁で公文書や人民からの意見を扱う部署の責任者を務めた後、党の理論誌である『紅旗』の歴史部門で編集長を務めるなど、早くから党内の要職を歴任しました。

彼の名が広く知られるようになったのは、文革が始まる直前の1965年末に『紅旗』誌に発表した論文「革命のための歴史研究」においてです。この中で彼は、著名な歴史家であった翦伯賛の歴史観を批判し、特定の階級観点に基づかない歴史研究はブルジョワジー的であると攻撃しました。この論文が毛沢東の支持を得たことは、その後の彼の政治的な地位を確立する上で決定的な契機となりました。

1966年に文革が始まると、戚本禹は運動を主導した中枢組織である中央文化革命小組のメンバーに選ばれます。同時に、党中央弁公庁の副局長、そして代行主任を務め、『紅旗』誌の副総編集も兼任するなど、要職を兼ねました。彼は毛沢東とその妻・江青の秘書を務め、指導部のごく近い場所で文革を推進する実務を担いました。

戚本禹が『紅旗』誌に発表したいくつかの論文は、当時の政治的なキャンペーンに理論的な根拠を与える役割を果たしました。特に1967年に『人民日報』に全文が掲載された「愛国主義か売国主義か？－反動映画『清宮秘史』を評す」は、大きな波紋を呼びました。この論文の中で彼は、当時国家主席の地位にあった劉少奇を「党内最大の『走資派』」であり「中国のフルシチョフ」であると名指しで厳しく批判しました。これは、すでに文革派の攻撃にさらされていた劉少奇への批判を激化させ、彼を失脚させるための重要な論説として位置づけられました。1967年7月には、北京の中南海で劉少奇に対する批判集会を自ら主催するなど、攻撃の先頭に立ちました。また、身分による差別を批判した遇羅克の論文『出身論』を「大毒草」と断罪し、これも遇羅克が逮捕される一因となりました。

しかし、文革の進展とともに、彼自身も政治的な嵐に巻き込まれます。1967年夏の武漢事件に関連して、彼の論説が事件を引き起こす要因の一つになったという批判が上がり始めます。そして、1968年1月には党中央の決定により、全ての役職を解任され、隔離された状態で調査を受けることになりました。

その後、文革が終結した1980年に北京市公安局によって逮捕されます。1983年に行われた裁判では、「反革命宣伝煽動罪」、「誣告罪」、「群集騒擾罪」など複数の罪に問われ、懲役18年、政治的権利剥奪4年の判決を受けました。

1986年、隔離されていた期間も刑期に算入され、刑期満了に伴い釈放された戚本禹は、上海市内の図書館で司書として勤務しました。1990年代初頭に定年退職した後は、家族とともに静かに暮らしたようです。この間、彼は共著ではありますが、『大人物的変態心理』や『中華易学大辞典』といった著作を出版しています。晩年に入ると、2014年頃には「歴史学者」として、自身が深く関わった毛沢東や文革に関する講演活動も行っていたことが伝えられています。

2016年4月20日、上海市にて病気のため死去しました。享年84歳。彼は、文革初期に運動を主導した中心メンバーであった中央文化革命小組の最後の存命者でした。死去直前の4月19日には、香港で自身の回想録『戚本禹回憶録』が刊行されており、その中に「本書を毛沢東のプロレタリア文化大革命発動50周年に捧げる」という献辞が記されていたことから、最後まで文革に対する肯定的な姿勢を崩さなかったことがうかがえます。戚本禹の生涯は、文化大革命という特異な時代の光と影、そしてその後の中国社会の変遷を映し出しています。

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