手児奈

手児奈（てこな）とは

手児奈とは、奈良時代以前に真間（現在の千葉県市川市真間）に住んでいたとされる女性の名前です。「手古奈」「手児名」とも表記されます。彼女の悲劇的な伝説は、古くから語り継がれ、万葉集の歌人たちにも影響を与えました。

伝説の概要

手児奈は、舒明天皇の時代の国造の娘であったという説があります。彼女は近隣の国へ嫁ぎましたが、勝鹿の国府と嫁ぎ先の国との間で争いが起こり、その争いに巻き込まれてしまいます。手児奈は逆恨みされ、苦難の末に故郷の真間へ戻りました。しかし、嫁ぎ先から戻ってきたことを恥じ、実家に戻ることはできませんでした。我が子を育てながらひっそりと暮らしていましたが、その美しさを求めて男たちが再び争いを始めたため、それを嫌い、真間の入り江に入水したと伝えられています。

この伝説は、手児奈の死後も語り継がれ、この地に国府が置かれると、都にも伝わりました。万葉集の歌人である山部赤人や高橋虫麻呂は、手児奈の伝説に触発され、歌を詠みました。737年（天平9年）には、行基がその故事を聞き、手児奈の霊を慰めるために弘法寺を開いたとされています。現在、手児奈は手児奈霊神堂に祀られており、亀井院には彼女が水汲みをしていたとされる井戸が残っています。

万葉集に詠まれた手児奈

手児奈の伝説は、万葉集にも収録されており、その悲劇的な物語は多くの人々の心を捉えました。

山部赤人の歌

古に　在りけむ人の　しつはたの　帯解き交へて　伏屋立て　妻問しけむ　葛飾の　真間の手兒名が　奥津城を　こことは聞けど　真木の葉や　茂くあるらむ　松が根や　遠く久しき　言のみも　名のみも吾は　忘らえなくに

この歌は、手児奈の墓を訪れた山部赤人が、その悲しい運命を偲び、彼女のことを忘れられないという心情を詠んだものです。

高橋虫麻呂の歌

鶏が鳴く 東の国に 古へに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿の 真間の手児名が 麻衣に 青衿着け ひたさ麻を 裳には織り着て 髪だにも 掻きは梳らず 沓をだに はかず行けども 錦綾の 中に包める 斎ひ子も 妹にしかめや 望月の 足れる面わに 花のごと 笑みて立てれば 夏虫の 火に入るがごと 港入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音の 騒く港の 奥城に 妹が臥やせる 遠き代に ありけることを 昨日しも 見けむがごとも 思ほゆるかも

高橋虫麻呂の歌は、手児奈の美しさと悲劇的な最期を語り、彼女の伝説が時を超えて語り継がれていることを示しています。

手児奈伝説の影響

手児奈の伝説は、後世の文学や芸術にも影響を与えました。小説や歌、演劇など、さまざまな形で彼女の物語が語り継がれています。

小林泰三『酔歩する男』: この短編小説は、手児奈伝説をモチーフにしており、現代的な視点から彼女の物語を描いています。
市川市歌『市川賛歌』: 市川市の市歌には、手児奈伝説を想起させる歌詞が含まれており、地域文化に深く根付いていることがわかります。

関連する場所

手児奈霊神堂: 手児奈が祀られている神社。
真間山弘法寺: 行基が手児奈の霊を慰めるために開いた寺。
真間の井: 手児奈が水汲みをしていたとされる井戸。
亀井院: 手児奈ゆかりの井戸がある寺院。

類似の伝説

手児奈の伝説は、他の地域にも類似の物語が存在します。

初音姫: 三重県志摩市に伝わる民話で、手児奈と同様に悲劇的な運命をたどった女性の物語です。
静御前: 源義経の妾であり、その悲劇的な生涯が語り継がれています。
* 菟原処女の伝説: 兵庫県に伝わる伝説で、手児奈と同様に、男性の争いに巻き込まれて悲劇的な最期を迎えた女性の物語です。

手児奈の伝説は、人々の心を揺さぶる悲劇的な物語として、今もなお語り継がれています。彼女の魂を鎮めるために建てられた寺や、ゆかりの井戸は、今もその場所で静かに時を刻んでいます。

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