批評の解剖

『批評の解剖』

『批評の解剖』（原題：Anatomy of Criticism）は、1957年にカナダの著名な文学理論家であるノースロップ・フライによって発表された、彼の代表的な著作であり、文学研究における古典として広く認識されています。

著者について

ノースロップ・フライは1912年にケベック州に生まれ、トロント大学およびオックスフォード大学で英文学を深く学びました。その後、母校であるトロント大学の英文学教授を務め、生涯にわたり精力的な研究活動を展開しました。彼の研究領域は文学理論に留まらず、ウィリアム・シェイクスピアやT.S.エリオットといった主要な作家の作品分析、さらには聖書研究といった広範な分野に及びます。こうした多様な関心が、『批評の解剖』における壮大な文学の体系化へと繋がっていきました。

本書の構成と内容

本書は、文学批評を体系的に整理しようとする試みであり、複数の主要なパートから構成されています。具体的には、「歴史批評 様式の理論」「倫理批評 象徴の理論」「原型批評 神話の理論」「修辞批評 ジャンルの理論」という四つの部を中心に展開されます。フライはこれらの部を通じて、文学作品を様々な角度から分析するための枠組みを提示しています。

本書の最も重要な貢献の一つは、それまでの文学理論を統合的かつ包括的に整理した点にあります。同時に、個々の作品が属する「ジャンル」という概念に特に着目し、それを基盤とした独自の文学理論を提唱したことで、文学研究の新たな地平を切り開いたと評価されています。

文学の構造と原理

フライは本書の中で、文学の根源的な構造や原理について論じています。例えば、西欧叙事文学の歴史的な流れを追う中で、主人公の能力や地位が次第に低下していく傾向があることを指摘しています。また、文学作品中に現れる象徴についても独自の分類を試みています。彼は象徴には五つの相があると説き、それぞれ「モチーフ」（音声的なパターン）、「サイン」（外面的な記述）、「イメージ」（モチーフとサインの組み合わせ）、「アーキタイプ」（反覆されて現れるイメージ）、そして最も普遍的で抽象的な「モナド」に分類できると論じました。

神話とジャンル

フライにとって、文学の最も根本的なあり方とは、比喩的な表現が現実世界に適応された「神話」、とりわけ「聖典」のようなものだと捉えられます。そして、物語の文学を構造的に捉えるために、彼は四つの基本的な範疇を設定しました。これらは「喜劇」「ロマンス」「悲劇」「アイロニー」であり、それぞれが特定の神話的な諸相に対応していると考えられます。具体的には、喜劇は「認知」や社会的な統合、ロマンスは「相克」や冒険、悲劇は「破局」や衰退、そしてアイロニーは「混沌」や世界の解体といった神話のテーマと結びつけられています。フライは、これらの原型的なジャンルが文学作品の基層をなしていると分析しました。

本書は、文学批評に構造的・体系的な視点をもたらし、特に神話や原型といった概念を文学分析の中心に据えたことで、その後の文学研究に計り知れない影響を与えました。複雑でありながらも壮大なその理論体系は、現在も多くの研究者によって参照されています。

日本語訳

本書の主要な日本語訳としては、以下のものが知られています。

ノースロップ・フライ 著、海老根宏・出淵博・山内久明・中村健二 訳、『批評の解剖』、法政大学出版局、1980年。

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