摂津名所図会

『摂津名所図会』：近世の摂津国を彩る名所絵図集

『摂津名所図会』は、近世日本の摂津国（現在の大阪府北部を中心とした地域）の名所旧跡を詳細に描いた地誌です。寛政8年（1796年）から寛政10年（1798年）にかけて、全9巻12冊という大部の書として刊行されました。1300を超える名所が取り上げられ、312点もの精緻な図絵が掲載されている点が大きな特徴です。

本書の企画は、京都の商人である吉野屋為八によって行われ、編集は俳諧師の秋里籬島、絵画は『名物浪花のながめ』などの作品で知られる絵師、竹原春朝斎を中心とした複数名の画家が担当しました。秋里籬島による歴史や伝承に基づいた詳細な解説と、竹原春朝斎らによる写実的な風景画が、見事に調和しています。単なる名所案内にとどまらず、現地調査に基づいた最新の情報を盛り込んでいる点も、当時の読者にとって高く評価された要因でしょう。

本書の構成は、まず7～9巻を最初に刊行し、その後、1～6巻を刊行するという、現代の感覚では珍しい方法が取られています。これは当時の出版事情や、読者の需要を考慮した戦略であったと推測できます。

『摂津名所図会』の大きな特徴の一つに、複数の絵師が分担して図絵を描いている点が挙げられます。それまでの名所図会では、一人の絵師が全図絵を担当するのが一般的でしたが、本書では竹原春朝斎を筆頭に、丹羽桃渓、春泉斎（春朝斎の子息）、石田友汀、下河原維恵、楠亭、中村中和といった複数の絵師が参加しました。中でも竹原春朝斎が全体の半数以上を担当しており、彼の貢献の大きさが伺えます。複数の絵師による分担制作は、後の『東海道名所図会』などの制作にも影響を与えたと考えられています。また、複数のページに渡って同一の構図が続き、まるでパノラマのように風景が展開する「連続する風景」とでも呼ぶべき表現が30か所以上見られるのも、本書のユニークな点です。

『摂津名所図会』は、ガイドブックとして広く利用されただけでなく、大田南畝のような文人にも参考にされ、創作活動に影響を与えました。また、秋里籬島と竹原春朝斎は、『摂津名所図会』以外にも『河内名所図会』『和泉名所図会』『住吉名所図会』といった、大阪周辺地域を対象とした名所図会を制作しており、これらの作品群は、近世大阪の文化や風俗を知る上で貴重な資料となっています。

『摂津名所図会』は、単なる地誌という枠を超え、近世日本の絵画、出版、そして文化史を理解する上で重要な資料であり、その精緻な図絵と詳細な解説は、現代においても高い価値を保ち続けています。近世の大阪の姿を知る上で、本書は欠かせない存在と言えるでしょう。

類似作品

『摂津名所図会』と同様に、近世に刊行された大阪周辺地域を対象とした名所図会には、以下のものがあります。

『住吉名所図会』（秋里籬島著、岡田玉山画、1795年）
『和泉名所図会』（秋里籬島著、竹原信繁画、1796年）
『河内名所図会』（秋里籬島著、丹羽桃渓画、1801年）
『天保山名所図会』（暁鐘成著画、1835年）
『摂津名所図会大成』（暁鐘成著、松川半山・浦川公佐画、1855年以降）
『浪華の賑ひ』（暁鐘成著、松川半山画、1855年）
『浪花名所図会』（歌川広重画）
『浪花百景』（一養斎芳瀧・南粋亭芳雪・一珠斎国員著画）

これらの作品と比較検討することで、『摂津名所図会』の独自性や、近世における名所図会の発展過程をより深く理解することができます。

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