救いを求める女たち (エウリピデス)

『救いを求める女たち』とは

『救いを求める女たち』（古代ギリシア語: Ἱκέτιδες, Hiketides、ラテン語: Supplices）は、古代ギリシアの偉大な悲劇作家、エウリピデスによって創作された作品の一つです。別名として『嘆願する女たち』とも呼ばれます。この劇は、紀元前5世紀後半、アテナイが隆盛を誇った時代に書かれましたが、正確な上演年は判明しておらず、作品の内容や時代背景、文体などから紀元前422年頃に制作されたものと推定されています。

作品の背景とあらすじ

物語の舞台は、アテナイ近郊の聖地エレウシスです。劇は、アルゴスの七人の英雄がテーバイに対して起こした無謀な戦い、「テーバイ攻め」の悲惨な結末から始まります。この戦いで、アルゴス側の指導者である七将は全員が戦死します。しかし、テーバイ側は戦利品として彼らの遺体を埋葬することを拒否し、野ざらしにしてしまいます。これは当時のギリシアにおける不文律、すなわち戦死者の尊厳ある埋葬の権利を無視する行為でした。

亡くなった英雄たちの母親たちは、この非人道的な扱いに深い悲しみと怒りを抱き、遺体を収容して故郷に持ち帰り、弔うことを強く願います。彼女たちは、アルゴス王アドラストスと共に、エレウシスのデメテル神殿に逃れ、嘆願者として助けを求めます。彼女たちが救いを求める相手は、当時ギリシア世界で最も強力で、人道的精神でも知られていた都市国家アテナイでした。

アテナイの王テセウスは、最初はこの問題に直接関わることをためらいます。アルゴスの指導者であるアドラストスが、自身の間違いによって招いた悲劇であること、そしてテーバイとの新たな紛争を避けるべきだと考えるからです。しかし、自身の母親アイトラや、合唱隊である嘆願する母親たちの切実な訴え、そしてアテナイが守るべき正義や人道主義の原則に心を動かされ、テセウスはついに母たちの嘆願を受け入れます。

テセウスはまず、使者をテーバイに送り、理性的な説得によって遺体の引き渡しを求めます。しかし、テーバイは頑なにこれを拒否し、アテナイを侮辱します。これを受けて、テセウスはアテナイの軍を率いてテーバイに出陣することを決意します。アテナイ軍はテーバイに勝利し、強硬な姿勢を崩さないテーバイから、力ずくで七将の遺体を収容することに成功します。

こうして、母たちはついに息子たちの遺体を取り戻し、エレウシスで手厚く葬儀を執り行います。劇は、悲しみに暮れる母たちの嘆きと、アテナイのテセウス王による人道的な行動を称賛する形で幕を閉じます。

作品の特徴とテーマ

『救いを求める女たち』は、エウリピデスが得意とした、戦争の悲惨さ、人間の苦悩、そして伝統的な価値観と現実との葛藤を描いた作品です。特に、戦死者の尊厳ある埋葬という普遍的なテーマを通して、戦争がいかに個人の人生を破壊し、深い悲しみをもたらすかを描いています。

また、この劇は、アテナイの正義や寛容さ、そして民主主義的な精神を称賛する側面も持っています。苦境に陥った他国の民の嘆願を受け入れ、危険を冒してまで人道的な義務を果たそうとするテセウス王（＝アテナイ）の姿は、当時のアテナイ市民にとって誇りとなるものでした。

劇中では、テセウスとテーバイの使者の間の論争などを通して、異なる国家間の価値観や、戦争と平和、権利と義務といったテーマが議論されます。合唱隊である母親たちの歌は、深い悲しみと嘆き、そして息子への愛情を表現し、劇に感情的な深みを与えています。

日本語訳

本作は、日本においても複数の翻訳家によって日本語に訳されており、様々な出版社から刊行されています。代表的なものとしては、岩波書店や京都大学学術出版会、筑摩書房、ちくま文庫などから出版されている『ギリシア悲劇全集』や『エウリピデス悲劇全集』などに収録されています。

上演年が不確かながらも、エウリピデスの円熟期に近い作品と考えられており、その劇的な構成と人間心理の描写は、現代においても多くの人々に感銘を与え続けています。

もう一度検索