散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』は、太平洋戦争末期の硫黄島の戦いにおいて、守備隊を率いた栗林忠道中将の生涯と、その戦いの実相に迫るノンフィクション作品です。著者である梯久美子は、栗林中将が妻子に宛てた手紙や、長男、次女、親族、関係者への綿密な取材を通して、歴史の陰に隠された真実を浮かび上がらせます。2005年に新潮社から出版され、2006年には第37回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。

物語は、栗林中将が1945年3月16日に大本営に宛てて送った電報の一節、「国の為重きつとめを果し得で矢弾尽き果て、散るぞ悲しき」から始まります。しかし、この言葉は後に「散るぞ口惜し」と改変されて伝えられました。なぜ「悲しき」が「口惜し」に変えられたのか。そこには、戦場で命を落としていく兵士たちを「悲しき」と表現することが、指揮官にとって許されないタブーであったという事実が隠されています。エリート軍人でありながら、栗林中将が、軍中枢部への痛烈な批判ともとれるこの歌を詠むに至った背景には、想像を絶する戦場での日々があったのです。

本書は、栗林中将の人間像を多角的に描き出しています。家族を愛し、故郷を思う心優しい父親としての顔。そして、与えられた任務を遂行するために、自らの信念を貫き、兵士たちを鼓舞し続けた指揮官としての顔。硫黄島の戦いにおいて、圧倒的な物量を誇るアメリカ軍を相手に、栗林中将は徹底した持久戦を展開し、日本軍の損害を最小限に抑えようとしました。しかし、戦局は悪化の一途をたどり、ついに玉砕という結末を迎えます。栗林中将は、3月26日に最後の総攻撃を仕掛け、壮絶な戦死を遂げました。

本書は、単なる戦記にとどまらず、戦争の悲惨さ、人間の尊厳、家族の絆など、普遍的なテーマを深く掘り下げています。硫黄島の戦いを舞台に、栗林中将の生き様を通して、私たちに平和の尊さを問いかける作品です。

エピソード

2006年公開の映画『硫黄島からの手紙』で栗林忠道を演じた渡辺謙は、役作りのために本書を収録期間中、肌身離さず持ち歩いたと言われています。渡辺謙は、栗林中将の人間性を深く理解するために、本書から多くの示唆を得たと語っています。

参考文献

梯久美子『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』新潮社、2005年／新潮文庫、2008年。柳田邦男解説
梯久美子『硫黄島 栗林中将の最期』文春文庫、2015年
ジェイムズ・ブラッドリ／ロン・パワーズ『硫黄島の星条旗』島田三蔵訳、文春文庫、2002年
「日本文学振興会」ホームページ。大宅壮一ノンフィクション賞紹介より

関連項目

硫黄島の戦い
栗林忠道
硫黄島からの手紙
梯久美子
大宅壮一ノンフィクション賞
玉砕

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