硫黄島の星条旗

硫黄島の星条旗：戦場の一瞬が捉えた歴史とその後

「硫黄島の星条旗」は、第二次世界大戦中の1945年2月23日に、写真家ジョー・ローゼンタールによって撮影された、硫黄島における星条旗掲揚の瞬間を捉えた報道写真です。この写真は、アメリカ海兵隊員と海軍兵が摺鉢山の頂上に星条旗を立てる姿を写しており、戦争の象徴として世界中で広く知られるようになりました。

硫黄島の戦い

硫黄島は、太平洋戦争末期におけるアメリカ軍の日本本土侵攻作戦「飛び石戦略」において重要な位置を占める島でした。当初、攻略計画には含まれていなかったものの、フィリピン攻略の早期終了を受けて、硫黄島がマリアナ諸島と日本本土の中間地点として戦略的に重要視されることになりました。アメリカ軍は、硫黄島を制圧することで、B-29爆撃機の緊急着陸地点や護衛戦闘機の基地として活用することを企図していました。

硫黄島は、栗林忠道陸軍大将率いる日本軍によって要塞化されており、上陸したアメリカ海兵隊は激しい抵抗に遭いました。摺鉢山は島内でも特に重要な拠点であり、日本軍は地下壕やトーチカを築き、徹底抗戦の構えを見せていました。アメリカ軍は摺鉢山を制圧するために総力を挙げ、激戦の末、2月23日に制圧に成功しました。しかし、その後の日本軍の抵抗も激しく、硫黄島の「制圧」が宣言されるまでには、さらに31日間の戦闘を要しました。

星条旗の掲揚

ローゼンタールの写真は、実は2度目の星条旗掲揚の様子を捉えたものでした。1度目の掲揚は、早朝に第28海兵連隊第2大隊E中隊長の命令によって、摺鉢山制圧を知らせるために行われました。しかし、掲げられた旗は小さく、海岸からは見えにくかったため、後に2度目の掲揚が行われることになります。

2度目の掲揚では、マイク・ストランク、ハーロン・ブロック、アイラ・ヘイズ、フランクリン・スースリー、レイニー・ギャグノン、ハロルド・シュルツ（当初はジョン・ブラッドリーとされていた）の6名が、電話線の設置任務中に星条旗を掲揚しました。ローゼンタールは、たまたま摺鉢山に登っていた際に、この瞬間に遭遇し、歴史的な一枚を撮影することに成功しました。彼はカメラを構える間もなく、瞬時にシャッターを切ったと言われています。

写真を巡る議論

「硫黄島の星条旗」は、撮影直後から大きな反響を呼びました。AP通信が写真を入手し、瞬く間にアメリカ全土の新聞に掲載されたのです。しかし、その撮影状況を巡っては、後に様々な議論が巻き起こりました。ローゼンタールは、写真撮影後に「ガンホーショット」と呼ばれる海兵隊員たちの記念写真を撮影していたため、「星条旗の写真もポーズを指示して撮ったのではないか」という疑惑が浮上したのです。

この報道により、ローゼンタールは「やらせ写真を撮った」という非難を受けることになりましたが、実際にはそうではなかったことが、当時一緒にいたカメラマンが撮影した映像によって証明されています。しかし、この論争は長く続き、ローゼンタールの名声に傷をつけることになりました。

戦時国債の応募と「6人目の兵士」

アメリカ政府は、「硫黄島の星条旗」を戦時国債のキャンペーンに利用することを決定し、写真に写っていた兵士たちを帰国させました。しかし、写真に写った6人の兵士の特定には混乱があり、当初、ハーロン・ブロックがヘンリー・ハンセン軍曹と誤って発表されました。この誤りは後に訂正されましたが、戦時国債のキャンペーンで全米を回ったメンバーの中に、実際に2度目の星条旗掲揚に立ち会った人物は、アイラ・ヘイズのみだったことが後に判明しました。

写真の戦後

ローゼンタールの写真は、1945年度のピューリッツァー賞写真部門を受賞しました。また、この写真をもとに、アーリントン国立墓地近くに海兵隊戦争記念碑が建設されました。しかし、写真があまりにも有名になりすぎたため、この写真が2度目の掲揚を捉えたものであることや、最初の掲揚に立ち会った兵士たちの存在は、あまり知られることがありませんでした。

写真に写った兵士たちのその後の人生も様々でした。アイラ・ヘイズは、生き残ったことへの罪悪感からアルコール中毒になり、うつ状態に陥りました。ジョン・ブラッドリー（実際にはハロルド・シュルツ）は、この体験をほとんど語らず、家族の間でもタブーとされていました。後に、息子のジェイムズ・ブラッドリーが父の体験を追ったノンフィクション作品を執筆し、映画化されたことで、再び注目を集めることとなりました。

「硫黄島の星条旗」兵士6人の人定

長年にわたり「硫黄島の星条旗」に写る兵士の人定は、さまざまな憶測と誤情報が入り混じっていましたが、2014年以降、スミソニアン・チャンネルのドキュメンタリー制作を機に再調査が行われました。その結果、2016年には写真に写っていたブラッドリーが別人であること、2019年にはギャグノンも写真に写っていなかったことが判明しました。このように、長年の時を経て写真に写る兵士たちの人定は、完全に修正されることになりました。

「硫黄島の星条旗」の他メディアへの転用

「硫黄島の星条旗」は、戦時中のプロパガンダから現代のメディアまで、広く引用され続けています。戦時国債のポスターや映画、切手、銀貨、そして現代の報道写真まで、様々な形でこの写真のイメージが使われています。2001年には、同時多発テロの現場で星条旗を掲揚する消防士の姿を捉えた写真が、「硫黄島の星条旗」のイメージを援用したものとして発表されました。また、2021年には、タリバンが「硫黄島の星条旗」を模倣した写真を発表するなど、その影響力は計り知れません。

「硫黄島の星条旗」は、単なる報道写真という枠を超え、歴史や文化、そして記憶の象徴として、今もなお強い影響を与え続けているのです。

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